2018年10月10日

-1-地理と歴史と資本の流れで見る日本の戦略まとめ

今回は今まで当ブログで記事にした「地理と歴史と資本の流れで見る日本の戦略まとめ」をまとめたものとなります。また量が多いので、複数回に分ける事になると思います。

今回のまとめは、歴史的に日本が行って来た事を、地政学やマネーの流動や注入による各勢力の勃興や衰退と言った、「国家や文明の繁栄」と地政学での「生存戦略からの行動」の観点から考察した事のまとめとなります。

基本的に、どの国がどの国と争い、どの様に資本が流れ、どこの国が繁栄するかを考察したものを、流れとして考察した記事と成っています。

第一回では、戦国時代の末期(安土桃山時代)から欧州諸国が帝国主義に成るまでの間の流れの纏めとなります。


①朝鮮出兵で大陸諸国をバランシングコントロール

まず始まりは、江戸時代に入る前、戦国時代が終わった頃の地政学戦略ですが、秀吉が朝鮮に出兵した事に関しての考察です。


・奴隷貿易と日本
日本人で歴史に詳しい人なら、ある程度の人数の人達が知っている事ですが、戦国時代の九州では、カトリック宣教師と結託した現地の大名が、日本人を奴隷として海外に売り渡す事を行っていました。

この行為は南蛮貿易での支払いが、奴隷を輸出しなければ支払えない為に行われていた事です。しかし天下統一の過程で秀吉の命令により奴隷貿易を禁止する触れが出された事により、表向きには禁止になった行為となります。


・文禄慶長の役
秀吉の奴隷貿易の禁止とカトリックの布教の制限が掛けられた後にも、上記の特に奴隷貿易の禁止は守られてはおらず、顧客である欧州や南蛮や朝鮮や明朝に売り払っていた事が確認されております。

これは現在の価値観でも慣習国際法的に犯罪行為であると認識でき戦争を仕掛けられ奪回されても文句の言えない犯罪行為です。これが原因かどうかは分かりませんが、秀吉は朝鮮に対して軍事力を向けています。これが俗に言う朝鮮出兵(文禄慶長の役)となります。

この文禄慶長の役によって、「日本vs朝鮮、明朝、女真族の連合」の戦いになり、各国共に大小の違いは有りますが疲弊する事になります。(女真族は同盟は組んではいませんでした。訂正いたします。2018年10月21日)


・明朝の経済破綻
文禄慶長の役で最も疲弊したのは明朝と朝鮮で、特に明朝は文禄慶長の役以外にも「ボハイの乱」や「楊応龍の乱」の内乱が起こり、これらの軍事負担による財政の悪化により明朝の国力が疲弊し、後に台頭した女真族の侵攻を押さえきれず、滅亡する事になります。

そのため秀吉の朝鮮出兵は、明朝の国力を下落させ相対的に巨大化した女真族の明朝侵攻を誘発したと言えます。


・清朝の台頭と周辺慮国の貿易構造の変化
女真族の台頭により明朝の軍事リソースが北部の勢力に向けられた時、明朝の裏庭であった南シナ海は実質上の空白地帯となりました。

朝鮮出兵で疲弊した日本は、関ケ原の戦いで家康が国内を掌握した後に、政権交代による朝鮮との国交回復と琉球を介した明朝相手の間接貿易を行いながら、力の空白地帯となった東南アジアへと進出した。

これ以前の秀吉の朝鮮出兵の事までをも地政学戦略の一環として見た場合、文禄慶長の役は、明国の南シナ海の海上支配力のリソースを、北部の騎馬民族の対応に費やさせるコントロール戦略と見なす事が出来ます。

この戦略により軍事大国であった日本は、南シナ海に置ける海上支配力を構築し、現地に進出していたポルトガルを始めとするオランダ以外の他の欧州勢力を、その軍事力によって圧倒する事に成功した。(国家として行った戦略であるかどうかは、未確認です)

これにより日本とオランダの二国が、南シナ海での海上権益を確保する事になった。


関連リンク:詳しくは下記へ


②東南アジア進出と欧州の帝国主義化
前項で説明した日本の東南アジア市場の取得による富の集積と、同盟国のオランダを通じての欧州への影響に関しての考察となります。


・朱印船貿易と徳川幕府
秀吉の朝鮮出兵により起こった中華圏の勢力の激変により、徳川幕府に政権交代した日本が間髪入れずに東南アジア市場に食い込みました。長い戦乱で鍛えられた日本の侍や商人は、東南アジア市場で巨額の利益を得て確固たる影響力を構築する事に成功したのです。

更には現地で勢力を保っていたポルトガルを放逐し、英国を寄せ付けず、現地の市場を制しました。(日本の侍が現地の王朝や、欧州の商人に雇われ傭兵として戦争行為をしていたと言われている)

しかし、色々な説があるものの、如何なる理由によるものなのかは確定的では無いが、鎖国政策を行い始め日本列島に引っ込む事になった。そこで現地に赴いていた日本人を追放したり、貿易していた国との繋がりを絶ったりして、海外との繋がりを必要最小限度にとどめる事と成った。

唯一貿易を許されていたのは、朝鮮半島、琉球を通じての明朝もしくは清朝、欧州では唯一オランダで、この三国だけとなった。


・選別されたオランダ
オランダが欧州で唯一日本との貿易を許されたのは、江戸時代初期に起こった島原の乱において、幕府側に協力し、日本国内におけるカトリック勢力の駆逐に貢献したからと思われる。(表向きはですが・・・)

また日本の徳川幕府と友好関係にあり、東南アジアにおいても有る程度の協力関係を築いていたと思われるため、現地で戦っていた日本の勢力から敵対的な勢力として見なされずに生き残っていた事も考慮すれば、日本が引いた後の東南アジア市場の支配と対日貿易の独占を得たオランダは、アジア貿易で莫大な利益を得て欧州での経済覇権を確立する事になった。


・西欧諸国の帝国主義化
オランダは、日本の助力を得て、東南アジアにおいて日本の支配する市場を独占貿易を行う事により莫大な利益を得る事が可能となった。しかし人口も少なく軍事小国であるオランダでは、隣接する英仏の軍事的な圧力に対応するにも多大な負担を被る事になり、貿易で得た富を毟り取られたり、国防やバランシング政策で景気良く発散したりと欧州中にばら撒く事になる。

これにより得をしたのがイギリスとフランスの二国で、欧州一の人口大国であり陸軍大国であるフランスと海軍大国として台頭した英国が、オランダから滴り落ちてくるマネーを元手に覇権抗争を繰り広げ、陸上国境を要しないイギリスがオフショアバランシングを採用し欧州大陸内諸国を争わせる事により、軍事的覇権と経済的覇権の双方を得る事になる。

そして、日本の元禄バブルの崩壊と貿易の制限により、アジアから富の注入が無くなった時に、欧州を越えて大西洋全域にまで広がっていたバブル経済が崩壊する事になり、このバブル経済膨張の過程で蓄えた負債を返済する為に、今まで投資していた軍事力と言うモノを利用して次の富を得て負債を返済しなければ成らない状況に陥り、それにより植民地主義から、より収奪性の高い帝国主義へと変貌する事になったと考えられる。


・迫りくる帝国主義の欧州列強
西欧諸国が帝国主義化により貿易取引を主体にした世界進出が、領土と労働力と資源の支配に変化し、英仏の覇権抗争を欧州国内でのみでは収まらない状況となり、海外領土での覇権争いを意図したフランスの支援により、米国の独立やロシアの大国化に結びつき、地球を半周しながら西洋の勢力が日本にまで迫り来る事になる。

それら帝国主義の波が日本に到来したのは、欧州や日本でのバブル崩壊より約百年後で、これによりアジア中の富をオランダ経由で欧州に注ぎ込んで、帝国主義の波を生み出した徳川幕府の命脈を絶つ事と成る。


・欧州は貿易距離的に日本の裏側(南米じゃないよ)
なお帝国主義の波が日本に最後に来たのは偶然ではないと思われる。何故ならば日本は西欧諸国の貿易距離的な真裏に当たっていたからである。

直線距離的に日本の真裏に有るのは、南米のブラジルやアルゼンチンの沖合になるが、貿易の事を考えると、山脈等の障害物や貿易を行う上での敵対的な勢力も考慮しなければ成らない。西欧と日本が貿易するのであれば当時はオスマントルコが有るため、実際にはエジプトのスエズ行路を利用できず、アフリカ南部の喜望峰やケープタウンを経由する大周りをしなければ成らない。

その時に日本列島の真裏にあるブラジルやアルゼンチンの沖合近くを経由する事になるため、その地域が中継地域となる日本と西欧の貿易では、ブラジルやアルゼンチンの沖合は最も遠い地域としては位置づけする事は出来ない。

そのため西欧で何かあれば、その影響が最後に及ぶ地域は極東になる事が予測できるのである。


関連リンク

③幕末と明治維新
西欧諸国の帝国主義化による世界進出と、英仏の世界覇権を掛けた世界全体を利用してのバランシング戦略や投資合戦の影響にて、独立したアメリカ合衆国や大国化したロシア帝国までもが一斉に極東アジアに到来し、日本周辺は大国の激突地域への変貌する事になる。

これにより危機感を抱いた日本の若者の行動により起こった政変が、明治維新である。明治維新は当時の実力者では無く、むしろ中小の若き末端の侍たちが実現させた政変として、またアジア初の近代化を成し遂げた改革として、歴史書に記される事と成った。


・対米開国と幕末通貨問題
西欧諸国が帝国主義化し日本の近海に表れる様になってから、日本の国防は根本的に見直しが必要となった。幕府側でも危機意識は有ったようで、対応を行おうとしていたようでは有るが、約200年間、軍事関連の技術が成長していなかったため軍事的圧力には風下に立たざるを得なかった。

幕府は欧米諸国の中では、まだ弱小勢力であった米国との交渉を進め、不利益に成らない程度の友好関係を結び、他の欧州列強諸国に対抗しようと考えて交渉を行おうとして見たいでは有るが、この米国との交渉の結果、後に"幕末"発生の原因と言われる通貨問題を引き起こしてしまう。

この通貨問題は日本国内の「金と銀」の交換比率が海外との交換比率と違う事を目を付けた米国の外交官であったタウンゼント・ハリスが、そのままの交換比率を維持したまま国外の金銀も交換するように要求し、この交換比率の違いから日本国内の金が大量に海外に流出し、経済的な打撃を受け国民の不満を爆発させてしまい、そこから倒幕運動に繋がったの事件である。


・戊辰戦争と悪の米国の誕生
日本を混乱に陥れた米国は、当時の米国内で問題成っていた、産業構造の違いから発生した混乱を(後の南北戦争)を、日本から巻き上げた金を利用して解決し、一躍大国へと躍進した。

これにより日本の金を内乱で使用する武器弾薬購入へと変え、南北戦争を終結させ、後に国内産業を整備する事にも使用したと推察できる。(この折に欧州へ武器購入費が大量に流れ、欧州諸国を潤している)

また南北戦争で余った武器や弾薬は、米国の押し付けた通貨問題で国内が混乱し戊辰戦争が勃発した日本に、英仏経由で売りつける事により、これでまたも日本から毟り取る事に成功した。

この行為により米国は、騙してマネーを巻き上げて、武器弾薬を売りつけて殺し合わせ、隣接する国の国力を弱める事により利益を得れると言う蜜の味を覚え、このイギリスと同じオフショア・バランシング戦略を行う国家として、この後に大成する事と成る。

別の観点から見た場合、その様な蜜の味を味わえる破壊的な行為を行い、利益を得れると認識させる事によって、憎まれる国家と成るような道を進む様にコントロールする目的で、「日本は米国に富を毟り取られてやった」とも言えるのでは無いだろうか?


・日本の全てが列強に負けた
結局、日本は欧米列強全てに利用され殺し合いをさせられていると言う事実を突きつけられ、ソレに危機感を抱いた当時の明治新政府や各藩の合意も有り、廃藩置県が断行され、何処の藩主も最終的な勝利者とは成れなかった。明治新政府が設立して居た当初権勢を振るっていた長州薩摩も、西南戦争や欧米の大国に危機感を抱く人の影響からか、それら権力の乱用も一時的なモノにとどまった。

結局のところ、敵は欧米と言う視点から見た場合、勝利者は誰一人としていない敗者の群れであった。この様に真の敵を作り、誰もが最終的な勝利者になれなかったからこそ、これらの妥協が成立したと言える。もし欧米にさえ勝利していたのであれば、明治維新後の団結は存在しなかったかもしれない。

また通貨問題から端を発した経済的な混乱でも日本が大丈夫だったのは、「実際働いて金を溜め込むだけの産業能力と、その産業を支える事の出来る人的資源を鎖国の時代に育てていたためである」と考える事が出来る。(法廷通貨価値の担保は、その国の産業能力である)


関連リンク


結論:この戦国末期から幕末直前までの流れを見た場合、日本主導で集めたアジア中の富が、オランダ経由で欧州へ送られ、そしてこれらの富が、地政学的に多様な産業が育まれ、小中勢力の覇権争いが起こらざるを得なかった欧州においてバブル経済発生と崩壊による経済的勢力的な混乱を起こす要因として働いた。そしてヨーロッパ大陸に対してオフショア・バランシング政策を採用できる英国に資本が集中する事により、英国をして世界最大の領土を誇り世界の海を制する覇権国家に仕立て上げる事になった。

過程と結果を見れば、日本がアジア中の富を集約してオランダ経由で欧州に送り、産業革命と帝国主義を発生させた。

と言えるのでは無いでしょうか?

更に後に欧米が日本に迫り、その時に日本で生じた幕末での行動が金流出に繋がり、米国を大国化させ、ユーラシア諸国に対して武器弾薬を売りつけ戦争させる事により利益を貪る国家に仕立て上げた。

と考える事も出来るのでは無いでしょうか?


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「地理と歴史と資本の流れで見る日本の戦略まとめ」の第一回目を終了します。

今回は、戦国時代の終焉期から明治維新までの事を、日本の地政学戦略からなる通貨の流れの制御によって興亡した世界情勢を俯瞰的な視点で考察してみました。

今回の長い記事となりますので、複数回に跨ると思います。

次回は、明治時代から第二次世界大戦の敗戦までの流れになります。

本日はココまで!!

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