2017年11月07日

憲法九条の変質


今回は、「憲法九条は戦争法案?の解釈」の続きである「憲法九条の変質」でお送りします。

憲法九条は、戦後の連合軍GHQの統治の下で構想され、国際社会復帰後に制定されました。

九条政策の過程では、「日本人が持ち込んだ」とか「マッカーサーノートに草案が掛かれていた」等色々な噂が有ります。恐らくは、ソノどれもが正しいのでしょう。

日本人も持ち込み、GHQが介入して作られたと言うのが、真相なのでは無いでしょうか?
ブログ主自身がその場に居たわけでは無いので真相は分かりませんが……

しかし、結果を見てみれば日本の軍事支出の低減と、米国の軍事支出の増大に拍車をかける事になったと見なせます。何故、米国は自国の経済に不利な憲法を日本に与えてしまったのでしょうか?


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★アメリカは日本支配の為に、軍事力は持たせたくなかった。日本は?

米国は第二次世界大戦で、日本の軍事力をほぼ(完全では無い)壊滅させました。これにより日本は、軍事力を復活させずに連合軍を招き入れ国防をしてゆく事になったのです。

実際連合軍と言っても、本質的には米軍でした。何故か?

世界大戦で枢軸国を潰した連合国では、次の世界情勢を見た上での外交政策を行わなければなりませんでした。すなわち、本質的に敵同士である米ソ間の緊張拡大である。

何故この様な状況なったのかを簡単に言えば、戦前から米国はユーラシア大陸の諸国に対して、バランシング戦略を取り、武器援助等を行い、各国の国力を低下させる戦略を取っていたためです。そのため大陸諸国から「ユーラシア各国を殺し合わせた国」として見られていた可能性が有り、自国の安全保障を他国に任せられる状況では無かった事が、最大の原因と思われます。(これに関しては、いずれ取り上げたいと思います)

よって、バランシング政策を行使しうる事が出来る欧州であれば問題ないが、一国抜かれただけで自国の安全保障に危機的状況をもたらすであろう日本列島に関しては、米国自身の管理下に置かなければ安心できなかったため、憲法九条は渡りに船の提案でもあったと思われます。


★憲法九条が発布された時と、それ以後では地政学的情勢が一変した

サンフランシスコ講和条約が成立し、憲法九条が発布された時、世界情勢は悪の枢軸国が改心して国際社会に復帰したばかり、と言う状況でしたので、元枢軸国に軍事力を持たせる様な事を許す世界情勢で無かった事は間違いありません。つまり悪の日独両国を叩き潰したのだから、この二国さえ何とかすれば世界は平和だと言う幻想です。

当時の世界情勢が続くと考えれば、それで良かったかも知れません。

ですが、ソレは余りにも直線的すぎる思考と言わざるを得ません。何故ならば歴史や世界と言うモノは常に動いてゆくからです。つまり現状で問題ない様な法律や行動も、時が経ち周辺諸国の状況が変われば、全く違う意味が出てきてしまいます。

ですので実際の世界情勢は、中国の「第二次国共内戦」が終わり、朝鮮戦争が起こり半島が分裂した時で、着実に社会主義勢力が台頭し、対自由主義陣営との対立が確実になったのです。そこで日本に対立している社会主義陣営に逃げられない様に、また逃げても社会主義陣営の力に成らない様な国家にする必要があった事は確実です。憲法九条や攻撃能力を制限された自衛隊の創設は、その事を考慮した上で行われた事と思われます。

いまさら日本が唯一の悪で、日本さえ何とかすれば世界は平和である。と言う妄想を信じている人は居ないでしょう。ですが憲法九条は正に日本絶対悪論を前提に作られたので、現実がそうでは無いためと、国際情勢の変化や認識不一致の問題で、憲法九条が国家間パワーバランスを悪化させる戦争誘発憲法となってしまったのでは無いでしょうか?。


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★国家のパワー変化と、新たな認識の確立で憲法九条が変質した

・戦後から~冷戦期中盤まで

 絶対悪である日本を何とかすれば世界は平和であると言う妄想は、米ソ冷戦で完全に瓦解した。当初は日本に国防力を持たせない事にしていたが、軍事費圧迫による米国の財政不安の為に、日本に自衛隊の創設を要求する事になりました。

当時は、米国の潜在的な敵国であるソ連が日本領である千島列島を占領して、太平洋への道を手に入れている事から、日本と日本に駐留してる在日米軍の仕事は、シーレーンの確保とロシアの軍事行動を牽制するための示威行動が主な仕事と言えた。

冷戦中盤まで日中関係も問題無く、日米関係も第二次世界大戦後の教育で日本は悪であると言う考えが大勢を占めていたため、日本が米国を裏切りソ連側になびくと言ったリスクとは無縁と言えた。そのため日本と憲法九条が極東におけるパワーバランスに影響を与えると言った状況には成らなかった。


・冷戦後期~現在

憲法九条が変質し始めたのは、中ソ国境紛争(1969)以降に中ソ関係が悪化したのが始まりなのかもしれない。この事件によって、米ソ冷戦で中国の立場が、米国の対ソ戦線のアジア側の同盟国となり始めたのである。これによって中国は、米国や日本と言った西側諸国からの投資を仰ぎ、急激な国力上昇が実現した。

そして冷戦終結や中国の天安門事件が起こった事によって、国力を増強させてた中国が自国の不安定を隠すため反日運動を推進する事と成った。これらの地政学的状況の変動と歴史認識の変革によって、中国の拡大とロシア(ソ連)の縮小が始まり、日本周辺の海域が、そこに隣接する国家の、他国に対する侵略経路として使用される可能性が出てきたのである。

更に近年の中国の爆発的な経済膨張と消費力の拡大によって、中国は如何にして世界から資源を確保しなければ成らなくなっているのかを考慮した場合、憲法九条が侵略を誘発しても抵抗しないかのような解釈を与え兼ねず、実質上の侵略経路の提供憲法として解釈されてしまっているのでは無いかとも言える。


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今回言いたい事は、今まで着ていた夏服(憲法九条)も、季節が冬になったら冬服に着替えなければ成らないのに、そのままの夏服で何故寒いのかが理解できていない。と言う状況に成りつつあるのでは無いか?と言うのが現在の日本人が気付きかけている事なのでは無いでしょうか。

と言う処で、いったん今日はココで一時終了とします。

続きまた今度と成ります。



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