子育て

2019年04月29日


前回の続きです。

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③企業の強い立場と政府の害ドライン
上記の「経済環境構築」と「社会風潮」に加えもう一つ問題なのが、政府が雇用者側に守らせている穴だらけの雇用契約で、労働者に対する働かせ方や残業等の項目で、どうとでも解釈可能な契約を結ぶ事によって、労働者の低賃金での超過労働による疲弊が生じる事と成った。

これは、バブル崩壊の不景気下で労働者が雇用の需要より多いために、雇用者側が労働者よりも圧倒的に強い立場で無理な要求を行える環境だったため、労働者側が解雇されない様に忖度しなければ成らなかった。

これによって政府が提示した雇用の為のガイドラインが、労働者を不必要なまでに追い詰め使い潰す事を可能とする解釈が成立するモノだったため、企業側がこれを悪用したり、労働者側が忖度して潰れてしまったりして、多くの社会問題を誘発させるものとなった。


・労働者の「サービス残業」「みなし残業」
雇用契約で最も問題となったのが残業問題である。この問題は現在でも取り上がられているが、サービス残業は、企業側が残業代を支払わずに労働者に時間外や休日まで働かせる行為で、みなし残業はそのサービスが問題視された事によって適応される事になったルールである。

みなし残業に関しては、予め給料の内に残業代が入っていると言う名目で雇用契約を終結するが、これは業務時間内で仕事を終結させれずに延長して仕事してもらう事が多くなると、残業代計算が煩雑となるため、予め平均残業を分を給与に反映させて置く制度と考えられるが、会社によっては最初から100人中100人が予め設定されていた業務時間内に仕事を終了させれない様な、過重労働を押し付ける事によって、申し訳程度の見なし残業代金を支払い、超過勤務状況を正当化し、実質上の低賃金労働をさせる運用を行う企業も出てしまった。

何方にしても政府が政策によって、雇用需要より労働希望者の人数を多くなる状況構築を行い、これによって雇用側の労働者に対する立場の強化が成立したため、労働者側にっとっては「解雇を避けるために身を切った奉仕を行わなくては首を斬られて路頭に迷う」と言うリスクを前提に置いた働き方をしなくてはならない事から生じた問題で、政府がこの環境維持を行い続ける限りにおいて、同じ事が何度も起こる可能性が有る。

また「国会討論の野党による問題提起」や「マスメディアで連日雇用側の労働者に対して不当に安い賃金設定で長期に渡り働かせる問題」を提起されれば、企業側にその意図が無くても、解雇を避けたいと願う労働者側が、精神が病み体が壊れるまで無理して仕事を行ってしまう様になり、また企業側も率先してその様に働いてくれるのならと放置し、最終的に労働者側が生命の危機を覚え退職を決意するまで続く事になる。


・雇用側の立場が強ければ、労働者は忖度する
上記の問題は、仕事を求める労働者よりも雇用側の需要が少なかったために、企業側の立場の強化が起こり、これによって生じた「いつ首を斬られるか分からないので、出来る限り企業の命令には従う」と言う労働者側の立場の弱みに付け込んだ契約を結果的に企業側が行い、その自覚が無いために多くの労働者が病み疲弊し労働市場から脱落する事と成った。

ただしこれらの問題に関しては、氷河期世代だけの問題では無く、労働者全体に降りかかった、企業側のモラル欠如の問題でもあった。


④婚姻と社会に対する認識
最後に重要なのが「氷河期世代の男性と女性の意識」と「その親の世代の意識」と「当時の社会に蔓延した結婚と結婚後の生活に関しての認識」に関してです。

これら「氷河期世代とその親世代の結婚に関しての認識」と「マスメディアによって作られた結婚と言うモノ」と「実際の経済的な現状」が乖離していたため、団塊世代の男性が結婚に対して積極的になれず、ソレに影響される形で女性もあぶれてしまったと言うのが、婚姻率が下がり少子化に陥った理由の一つと考えられます。


・親世代の結婚(団塊の世代)
まず第一に考えなくてはならないのが、氷河期世代の親世代に当たる、団塊の世代やその前後世代の人達の結婚に関しての意識です。(と言ってもあくまでも平均化された価値観で会って全員がそうだと言えるわけでは有りませんので注意してください)

彼らの世代は戦争が終わるか否かの時代から戦争が終了し10年以内頃までに生まれた人たちで、彼らが生きて来た時代は、基本的に高度経済成長真っ只中だで日本全体が右肩上がりの成長を遂げていた時代でした。またこの頃の労働環境は、環境はともかく雇用は安定していたため余程の事が無い限り引く手あまたで就職に困る事も無かったはずです。

そして基本的に職場における男女の区別がまかり取っていた時代でもありましたので、女性が職場で働くと言う事も社会的な風潮で制限されていました。そのため多くの女性が結婚する前まで働き寿退社と言う形で社会から遠ざかり、代わりに男性がその分働くと言う慣習が有りました。この風習により退社した女性の分まで男性が働き稼ぎを賄うと言う風潮が生まれ、このせいで"男性は結婚後は女性を養う"と言う暗黙の了解が出来上がりました。


・バブル期当時の社会の結婚問うモノ
そして氷河期世代の人々が結婚と言うモノに対する認識を確立させるに影響を与えたのが、彼らが少年期から社会に出るまでの間に「社会から提供された結婚とその後の生活に関しての情報」である。

これは「親世代の認識」や「当時の社会情勢で結婚した人がどの様に暮らしていたのかの事実」更には「マスメディアによって作られていた男女間の異性への認識」がソレに当たります。

氷河期世代前後の人達は正にバブル絶頂期とその残り火が燃え続ける時代に多感な時期を過ごしており、その時期に、「男はよく働き、景気良く金を稼ぎ(稼げない奴はゴミ)」、「女性は男に貢がせ」、「女性は社会進出が著しく」、日本全体が消費を拡大させていました。

この社会的な状況によって、彼らの世代は男女間の結婚と言うモノに、男性は「女性はお金を浪費する存在」、女性は「男性は所得を稼ぐ存在」と言う認識を植え付けられてしまいました。(ブログ主の見解です)

特に最大のイベントと言える結婚式にコストが掛かる事もその一因と考えられる。


・氷河期世代の結婚と共同生活への意識
しかし現実に彼ら彼女らが社会進出した時期はどうなったでしょう?

「氷河期世代」や「ロストジェネレーション(失われた世代)」と呼ばれるほど、就職には恵まれない、最悪の雇用状況の時代に社会に進出させられ、その後も労働者として低賃金で人によっては運悪く体が壊れ精神が病むまで酷使されるような労働環境で働かなくてはならない人が続出してしまい、特に男性は結婚して安定した生活を営むだけの所得を稼げない人が多く出現してしまいました。

ここに来て氷河期世代の男女ともに「自身の抱いている結婚と言うものに、自身の稼いだ所得では実現できない現状がある」と言う事に気づいてしまったのです。

特に氷河期世代の男性にその認識が顕著に表れていたと考えられます。

彼らの認識は「親世代の様にパートナーは働かず、男性の所得だけで子供と妻を一生養い労働させない」と言うモノで、更にそこに上がらぬ給与と安定しない雇用と言う材料が加わるのです。この様な認識下では結婚と言う行為は行いたくても行えません。

何故なら結婚し子供を産んでも安定して所得を稼げない状況に追いやられら妻はおろか子供諸共路頭に迷いこんでしまうからです。これは「自己の遺伝子を後世に残す」と言う生物の本能を満たす事が出来無い事を意味しており、この事から一家で全滅する恐れがあるのならば、家庭を持つ負担は被らないと言う判断をしても責められるべき事では有りません。

更に問題なのが親世代で、この親世代も氷河期世代と同じ「夫が妻を養う」と言う認識を有しているため、氷河期世代の男性から見れば「養えない様な所得で、娘さんをください」とは言えないため、その事を気にし最初から結婚と言う行為そのものを諦めてしまう男性が続出したと考えられます。


・「養う」と言う認識に秘められて世代による世界観の乖離
氷河期世代の上記の認識を補強するのに影響を与えたのが、その前世代の人が行っていたバブル期の価値観と行動かと考えられます。

散々浪費し、不動産で土地転がしを行い、ご乱行の限りを尽くしていたバブル期の暮らしぶりの情報の悉くを刷り込まれれば、それらを見て育った氷河期世代は、世間や結婚はそれだけ金がかかるモノであると言う認識を持つには十分かと思われます。

これら高度成長期からバブル期に形成された社会風潮によって、男性は「所得が低い自分を女性やその親御さんが認めないのでは無いかと言う認識」を持ち、同時に氷河期世代の女性は、男性から「お金がかかる養えない生物」として見られていると言う不幸が生じ他たのでは無いでしょうか?


★「真面目過ぎる男性」と「被害を受ける女性」
上記の諸々の理由から結婚せず子供を作らない人は、あくまでも経済的な事情と、将来的に養わなくてはならない家族の為の事を考え、自分ではその責任を果たせない事から生じる責任感から結婚と言う行為を選んでいないだけで、本心から子供をも欲していないわけでは無いと考えられる。

逆に言えば、結婚相手や生まれてくる子供を路頭に迷わせたくないからこそ結婚しないのであって、所得さえ何とかなれば幾らでも結婚を行うと考えられる。

これら経済状況と社会的な風潮の双方から推察できる男性の思考と行動は、文明社会と言うモノを作り生存している人間と言う生き物としては、決しておかしな行動では無いが、この思考と行動によって被害を受けているのは、むしろ同世代の女性である。

社会的な風潮によって昔ほど格差が無くなったとは言え、それでも企業から見た場合、女性を雇用する負担より男性を雇用する負担の方が小さくて済むため、男性優位で雇用が進む業界もいまだに多い。

その状況で男性が「女性を養う("負担を分かち合う"と言う認識も含む)」を放棄したため、その庇護下で生きれない女性が割を食う羽目に成り、同世代の低賃金労働の男性よりも、女性の方が明らかに暮らし難い世の中に成ってしまったのである。


★近年の若者の結婚に対する認識
近年の若者は、子供の頃から不況の時代が続き、多くの労働者が低賃金労働に追いやられ不遇な境遇を味わった事を知っている。

このため男女共に共働きで家庭を支えなければ成らない事を理解している事から、氷河期世代以前の様な「男性が女性と子供の面倒を見なければ成らないと言う意味での"養う"」から、「男女共に働き支え合う事によって捻出できたリソースを子供の出産や養育に注ぎ込む」と言う意味での"養う"と言う認識に移行しており、この事から前世代の人達の様な「負担を被りたくないから、相手の親御さんに低所得を責められたくないから結婚はしない」と言う意味での婚活拒否者は少なくなっていると思われる。

これは不況が長期化し今後も高度経済成長の様な好状況が見込めず、男女ともにワガママばかりを言っていると「負担の掛かる相手」と言うレッテルを張られ、夫婦生活喉成り立たなくなる事を理解したために自然発生的に生じた価値観で、この「寄生されたくない。ともに家庭を守る」と言う価値の共有こそが、互いに互いを支え合う「結婚」と言う行為であると言え、ここに来ようやく高度経済成長とバブル経済の負の呪縛から逃れる事が出来たのだと言える。



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以上を持って「氷河期世代はなぜ結婚をしないのか?」の考察を終了させてもらいます。

今回の考察を読んで考え過ぎたと考える人も居ると思いますが、これはブログ主だけでは無く多くの言論人が述べている事ですが、人間にとって社会に出た時の経済状況や体験と言うモノは、その後の人生観に影響を与える大切な外部情報だと思っています。


「一度しかない人生なのだから、思い切って結婚したら?」と考える、景気の良い時に社会に出て、失敗しても再チャレンジできる環境で生きて来た人が居れば、

一度でも失敗したらレッテル貼りされる環境で生かされたため「一度か無い人生だから、寄生されて人生を台無しにしたくない!」と考える人もいます。

そして当時の若者にその様な価値観を抱く要因に成ったのが「自分のライフスタイルを守るために、人が人を信用できなくなる世の中を作り出してしまった、前時代の人の価値観と自己の生存行動」と、この一点に尽きると考えられます。

本日の考察はココまでとします。


nh01ai33 at 08:00
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