孫子

2019年02月04日

前回からの続きで、本日は「人と技術を利用してのコントロール」に関しての一考察となります。

関連リンク5-人と技術によるコントロール(この記事)
6-情報による感情のコントロール

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・人(旅行者、労働力、難民、資本家)
人に関しては、主に受け入れる側と輩出する側の双方がコントロール目的で、受け入れ及び排出を行う場合がある。

そして国家を跨ぐ人の移動は、その人の分類によって、旅行者、労働者、難民、資本家の四種に分類される。


旅行者は、自国の通貨を旅行先の外貨に換えて旅行先で消費するため、排出側にとっては自国通貨の価値を貶める存在となるが、逆に受け入れ側の国にとっては受け入れ国の通貨価値の安定と国内経済の活性に結びつく存在となる。

そのため排出側は、受け入れ側の国に利益を与えているとも言えるため、旅行者を対象国に送る様な情報操作や政策を行う事自体が受入国に対する経済的なコントールになる。逆に受け入れ国側は「国内経済の活性化をしてもらっている」と言う弱みが生じた事になる。


労働者は、排出側の国の労働力が国内で余っている場合は、食い扶持を他国に桶付ける行為で、ある意味自国内で養えない人を受入国側に養ってもらっていると言え、逆に国内で労働力が枯渇している場合は、余程の事が無い場合必要な人材を海外流出させる事は無いと思われる。

受け入れ国の立場から見れば、働き手が生産の効率化による需要への対応に間に合わない場合には助かるが、逆に働き手が有りやまっている状況であるのならば、国内での労働市場の飽和により賃金の低下に拍車を掛けるリスクが生じる。そのため余程高付加価値な仕事ができる人材でなければ受け入れる必要は無くなる。

以上の事から労働者の国家間移動に関しては、需要と供給がバランスが獲れていないにも拘らず、排出したり受け入れたりするのは、受入国側の労働力をコントロールする為か、もしくは排出国の食い扶持を養ってやるためのコントロール戦略と考える事が出来る。


難民は、基本的に「排出側の国が国家としての機能を維持できていない混乱状態である時に、その国で生きる人達が自己の生存を守るために新天地に赴く場合」と「政治的に排出国の国内で生きて行けないため海外で政治活動を行う場合」の二社に分けられます。後者はそれ程問題には成りませんが、前者は大量に周辺国に難民がばら撒かれる恐れがあります。

基本的に難民自体は、排出国や受け入れ国がコントロール目的で、排出したり受け入れたりする事は出来ません。ですが「意図的な資本注入による経済破壊」や「関係の悪い国同士や、国内が混乱している国に武器を輸出する混乱助長行為」を行う事で、国家を破壊し該当地域に難民を流出させ、該当地域ごと混乱状態に置くような戦略も存在し、これら難民に意図的に移動方向を示唆させる様な情報を投じる事によって、移動先の国の経済や社会を混乱状態に置くようなコントロール戦略が成立します。


資本家は、基本的に「大量の金銭」や「大量の金銭を生み出す知識や技術」を有しているため、何処の国も自国の産業の育成を行う為に受け入れを推奨します。ただしこの経済政策を行った場合には一つ問題点が有り、その資本家が蓄えた富が本人の努力で稼いだ資本でない場合、その保有している富の価値を支える存在がともに移動しなければ、移動した富は受入国にとっては「只のホットマネーの注入」に成ってしまい、バブル経済の温床になる恐れも有ります。

そのため対象国に対して意図的なバブル景気の注入を行いたい場合、国内で資産高政策を行い、資産高によって生じたバブルを海外に輸出し、資本家受け入れ政策を行っている国家に過剰なマネーを注ぎ込むなどと言ったコントロール戦略が成り立ちます。

これはあくまでも受け入れ国自体が、その様な資産家誘致政策を行っている事が前提に成ります。


上記で述べた、これらの"人"を誘致したり押し付けたりするような政策は、国内もしくは海外に対し意図的に負担を押し付けたり、利益を与えたりするコントロールとして利用できます。


・技術(技術、盗用コントロール)
では技術におけるコントロールとは何なのでしょう?

近年では民間技術と軍事技術は、その垣根が取り払われた感が有り、民間技術で有ろうとも軍事技術で有ろうとも、敵対している国家に対し、第三国が高度な軍事技術に適応できそうな技術を流した場合、その第三国も敵性国家としての属性を帯びる事になります。

これは産業革命が生じ技術や知識がより重要になった近代以降から、より重要視される様になったコントロール戦略で、これをされた場合、敵対している隣国の国力が自国より下でも、将来的に脅威になるリスクが上昇し、自国の行う安全保障政策に制限が掛けられます。


技術におけるコントロール戦略において上記で述べた事は、多くの人が考え吐くスタンダートな例ですが、これとは別に意図的に技術を盗用させ盗用した国家や勢力の技術水準を制御するコントロール戦略も存在します。

これは「完成したシステム」や「完成品」に使われている技術や知識の"一部を敢えて流出させる"事により、完成したシステムや完成品の技術チェーンの根元や最終段階を独占している状況を維持し、盗用した技術の前段階で使用される技術を渡さない様にし、最終段階で完成品が作れない状況に追いやり、敵対されたとしても脅威になる恐れの無い状況を作るコントロール戦略です。

前述は国家間の軍事競争などがソレに当たりますが、企業間でも盗用した勢力が盗用した技術を使用しても技術チェーンの他の段階で利益を回収したり、盗用した技術で一部だけ生産しても完成品が作れない状況に追いやるコントロールが良く行われます。

この技術盗用のコントロールに関しては別の効果も有り、盗用させる事によって「技術を開発するより盗用した方が安上がりで楽」と言う認識を与え、開発能力を奪うと言う効果も有ります。


また上記の例とは逆のコントロールも存在します。それは金銭を対象相手に与え、技術を含むあらゆる投資を行わせ、その結果を頂くと言う戦略です。

技術もそうですが、基本的に投資と言う行為は全ての投資案件が成功するわけでは有りません。そのため既に結果の出ている事に対して、その成果を拡大させたり、模倣したりする投資ならば、簡単に成果を上げる事が可能となりますが、そうでは無い新規の技術開発などの今まで誰も踏み込んだ事の無い領域での挑戦をした場合、失敗する事も多くあります。

ですので失敗のリスクの多い新技術投資に関しては、あくまでの余裕のある時に行う事で、借金をしてまで行う事では無いのですが、爆発的なマネーの流入で産業の供給能力が上昇すると国家の経済が潤い新規投資が進み、これが産業の技術の盗用や模倣で成長する途上国であるのならともかく、先進国ではその様な事とて出来ませんので、必然的に誰も行った事の無い新技術や新産業の投資を行わなければ成らなくなります。

先進国においてこの様な他人から借りたマネーを基盤にその様な投資を行えば、余程上手な投資を行わない限り、資本逃避等の現象が起きた時に、通貨価値の暴落や倒産が相次ぎ、せっかく投資した技術やノウハウが他国の手に渡る事にもなるのです。

この行為は技術自体でコントロールするわけでは有りませんが、マネーによって技術を開発させ、いざと言う時は国家レベルで経済破綻を誘発し、今まで努力した結果の美味い部分だけ奪い取る行いも、技術に対するコントロールとして定義する事が出来るでしょう。


これ以外のコントロール戦略としては、相手の保有している技術に敢えて自勢力の技術を与え、その技術の組み合わせによる新技術により、技術革新を起こし勢力間のバランスを維持したり崩壊させたりする行いもコントロールやバランシング戦略となります。

代表的なモノでは「核ミサイル配備の原子力潜水艦」による核の相互確証破壊による緊張ですが、これは第二次世界大戦時の「ドイツのV2ロケット」「アメリカの原子爆弾」「日本の潜水空母」の概念が一纏めに成った運用方法でとなります。これによって核武装した大国間で、安易に戦争が出来ない状況となり、冷戦体制が出現しました。(確証は無し、たぶんブログ主がこうだと思うだけです)


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以上で「人と技術を利用してのコントロール」を終了します。

次回は、情報を利用してのコントロールに関しての考察となります。

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2019年02月02日

今回は「マネーと資源を利用したコントロール」に関する考察となります。

一応、孫子兵法の「水の比喩」で考えるコントロールに成ります。前回までは概念的なコントロールを説明しましたが、今回から三回に渡り分野別でのコントロールを述べさせてもらおうと思います。

★国家が持ちえるカードの組み合わせ(価値と技術(機能)の組み合わせ)
ココでは、実際に国家が持ちうるマネーや技術等の供給力で如何にして他国をコントロール下に置くかの技術的な考察を行う項となります。

対象は「マネーor投資(実物資産投資、株式、国債、通貨価値)」「資源(その国で供給できる物資)」「人(旅行者、労働力、難民、資本家)」「技術(技術、盗用コントロール)」「情報(軍事情報、政府公式見解、統計、感情、歴史認識を含む)」となります。


★マネーor投資(実物資産投資、株式、国債、通貨価値)
まずマネー関連に関してですが、単純な国家間投資だけでは無く、実物資産投資、株式、国債、通貨価値を利用してのコントロールが考察対象となります。

対象国に対しての実物資産に投資に関しては、純粋にその国に対しての生産能力のコントロールに成りますので、投資されれば「国民の消費への供給力」や「貿易輸出品の生産力」の双方が拡大します。それで生産性を拡大したり外貨を稼ぐ事が出来れば、自国の通貨価値を安定させる事が可能となります。

逆に投資された資本を引かれた場合は、通貨安となり物価の上昇圧力が掛かります。ただし外貨を稼ぎ、外貨を売り自国通貨を買い支えたり、生産物の一品当たりの生産効率が上昇すれば、通貨安に対応する事ができます。

この事から投資による対象国のコントロールに関しては、投資を受けた対象国が自国の人口と産業で、投資を受けたマネー分の投資効率とバランスする生産性を維持できる国家であるかどうかによって、対象国を切迫した状況に追い込めるかどうかが決まるため、その辺りが対処国をコントロールする為の材料として利用できます。

逆に利用されない様にするためには、意図的に自国の経済を抑制し生産力よりも消費力を押し止めるデフレ政策が必要となります。国内政策におけるデフレ政策の圧力が足りない場合、ホットマネーの流入が多すぎて経済のバブル化に発展する恐れがあり、当然バブル崩壊が起これば経済不況に追い込まれ、経済的な混乱から民心の不安定化に繋がり、他国のコントロールの影響を受けやすい国家体制となりますので、注意が必要となります。


株式に置けるコントロールに関しては、対象国の企業の株式を購入する事によって、重要企業を影響を及ぼす事で、対象国の一部の産業をコントロール下に置く事が出来ます。ただし安全保障を保障する企業である場合、「議決権の行使の制限」や「経営権の制限」を法律で制限される事が有りますので、必ずしも影響を及ぼせるわけでは有りません。

また対象国の株式市場全体に投資する事によって、市場規模を拡大させ好景気感の演出によって国民の過剰投資を促し、タイミングを見計らって売り払う事によって暴落を誘い、不良債権の拡大からなる経済の沈滞状況を誘発すると言ったコントロール方法も考えられます。

これ以外にも「自国の株式市場が対象国の国民に魅力的に見れる情報操作を行い、購入させる事によって、タイミングを見計らって売り払う事によって対象国の国民に株価下落時のキャピタルゲインでの損害を押し付ける」と言う行為を行い、対象国の国民に足してのコントロールを成立させる事が出来ます。


国債におけるコントロールに関しては、国債とは「基本的に発行国が自国を運営する為に発行する債券」となりますので、これが発行されていると言う事は「発行国の政府が税収の帳尻を合わせれていない証拠」となります。

自国民に自国通貨建てで購入して貰っている場合は、自国の通貨の信用を毀損させているだけに成ります。ですが他国に自国通貨建てで購入してもらっている場合は「自国の通貨価値と政府の財政維持を他国に押し付けている」事になり、また外貨建てで他国に購入してもらっている場合も「財政負担を他国に桶付けている」事になります。

自国通貨建てで発行した国債に関しては、自国の通貨を刷り発行返済する事で、インフレ圧力は有りますが返済が可能です。外貨建て国債の場合は、自国の通貨価値の下落には繋がりませんが、返済できなければ国家間のお付き合いが途切れる事にも成り兼ねず、そのような時に産業のサプライチェーンが途切れる様な事が起これば、国内経済が混乱する事になります。

双方共に自国内で信用を用立てできないから他国に頼っているのであって、財政の信用を支えてくれている他国を裏切る様な事を行えば、経済産業等の様々な分野において国際的信用が失墜する事になります。

故に国債における国家のコントロールは、如何に景気良く貸し付け、返済できない程の財政悪化を誘発し、経済的な混乱に持って行くかによって行使可能になると考えられます。


最後の通貨価値に関してですが、基本的に対象国に投資する時は、対象国の通貨を購入し行う事になるため、投資を受けた国は通貨を購入される事から通貨高に成ります。逆に投資が引かれる場合は、対象国の通貨を売られ外貨に換えられるため通貨価値の下落圧力が掛かる事になります。

そのため対処国に対する通貨介入は、通貨価値の変化による対処国の対外輸出入に影響を与え、その国の物価にも影響を与える事に繋がります。これにより不必要なまでの物価の高騰や暴落を誘発でき、その国の国民経済に影響を与えれるため、民心をコントロールする為のカードとして、対象国への通貨価値の介入は利用できる事になります。



★資源(その国で供給できる物資)
資源に関しては、あくまでも「その国で取れる」もしくは「生産可能な物資」をその定義に置いていますが、それらを輸出する事によって対象国の消費力やその物資を基盤に据えた生産力に影響を与える事が出来ます。

有名な物資で言えば「日本において太平洋戦争の原因の一つとなった"原油"」、他にも「2010年9月頃に日中関係悪化の影響で中国から輸出制限された"レアアース(希土)"」等が有名です。

これらの物資は、その国が国際的な価格決定力を有する生産地であったり、その国でしか産出若しくは生産できないモノであった場合、輸出対象国に圧力を掛ける戦略物資として機能しますが、世界中のどこでも調達できる場合にはその限りでは有りません。


最も現代では、化石燃料では無く、高度技術で作られた部品やマザーマシンが現在世界における戦略物資として機能しており、化石燃料などは世界のどこでも算出できるため、どこかの資源国が制裁的な輸出制限を掛けたとしても、それ以外の国が輸出をしてしまうため既に戦略物資としての機能は、第二次世界大戦当時とは比べ物にならない程に低下しています。

逆に莫大な資本投資や技術ノウハウを必要とする高度部品や素材を有している国は、その国でしか作れないものを多く保有しているため、経済的な制裁を行いやすいうえに、逆に一部の国から制裁を受けても、自国から輸出されている高度な製品が必要とされている限りにおいて、経済的な制裁を痛痒には感じません。


この様に戦略物資は、特に付加価値が高くその国でしか調達できないもので有る程、より広範囲の世界規模での影響を与える事が出来ます。

なお化石燃料輸出国はこれらの弱点をカバーする為に、国同士が連携を取り世界中の燃料価格を統制する組織を形成しているようです。


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以上がマネーと資源に関するコントロールとなりました。

次回からは「人と技術によるコントロール」、更にその次は「情報による感情のコントロール」となります。

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2019年01月31日

今回は、大戦略で考える流動性の制御のブログ主の価値観で解釈した詳しい説明となります。

前回は流動性の制御に関する概念的な事を書かせていただきましたが、今回はどの様な事柄が制御すべき流動性の対象となるのかの説明となります。

3-戦略的コントロールの技術的な組み合わせの一考察≫(←この記事)


★エネルギーの流れは物理現象に影響される(可能性の現出)
上記で述べた流動性の制御において「どの様な行為を行えば、どの様な反応が返ってくるのか?」は非常に重要な事です。この項では「物理法則」と「物理法則によって作られた自然の循環」と「自然循環の中で構築された人界の法や生き方」を軸に、どの様な行為を行えばどの様な反応が返って来るのかの考察の項となります。


・需要(消費)と供給(生産)
まずは「需要と供給」に関しての介入に関してですが、人が生きる上での生産と消費を行わなければ生きては行けません。そして多様な産業からなる文明社会では取引を行う事によって、生命活動を維持する為の食品やエネルギー以外の産業でも生きる事が出来る様になっています。

これにより人類は他者との相互依存関係によって、娯楽などの生命活動維持に不必要な産業に従事していても生きて行けますが、これは国内だけの生産物の需要と供給による循環のみで行われているのであれば問題は有りませんが、海外からの供給によって維持されているのであれば他国依存となります。この他国依存の状況が維持されたまま、その関係が途切れた場合、自国内での生産物の供給拡大のみで対応できない場合、外部からの物資の調達を行わなければ成りません。

もしその様な事が国家間の交渉や取引等で不可能な状況であったのならば、他国への侵略を行わなければ成らなくなります。つまり外国マネーの投入による、国家の消費力や生産力の肩代わりが行われていた場合、その維持に貢献している国が、依存している国の生命線を握っている事になり、コントロール下に置いていると言えるのです。


・軍事圧力(恐怖によるコントロール)
国家をコントロール下に置くもう一つの要素が安全保障です。これは上記の生産や消費の事にも繋がりますが、基本的に国家が生きる上で最も重視しなければ成らないのが、国家を構成している国民の命と財産を保障する事で、これに直接的に加えられる外部からの圧力の代表的なモノが、軍事的な圧力となります。

この外部からの軍事的な圧力が加えられた場合、直接的な命の危機にさらされると認識するため、国民は自己の命を確保しようと攻撃的になります。たとえ政府レベルでマスメディア等の報道機関を活用し軍事的な圧力を仕掛けている国の安全性を誇張したとしても、戦う力を持たない上に隣国の状況を完全に理解している訳では無い国民は、それで自己の安全を確信できるわけでは無いため、国民世論が沸騰する事になります。

その様な状況で対立軸が成立する隣国との関係を無理に維持しようとすれば、政治家への不信から世論や政策の転換に成り兼ねませんので、政治家としてはある程度の強硬姿勢を見せる必要も出てきます。

当然それを見た隣国の国民も反撃を行った国に対して不信を抱く事になり、この両国の反撃の応酬が均衡が取れていれば、戦争にならずに緊張状態のまま有耶無耶にする事も出来ますが、均衡が崩れたり、双方の間での交渉による劇場的な国民への情報発信が出来なければ、緊張が最高潮に達し戦争になるリスクが上昇します。

緊張状態を安定的に収めるためには、両政府の間である程度の対立軸を形成したまま、徐々に矛を収める様な外交を行うのがベストだと考えられます。


では逆に軍事的な圧力がマイナス的に働いた場合はどうなるのかと言うと、軍事的な空白地帯が出来る事を意味してい居るため、もし隣国が軍事的な圧力を持って自国内で賄えないし幻燈を隣国から調達しようと考えた場合、紛争リスクに成り兼ねません。

ですので人間は環境の影響下で危機的な状況に追い込まれた時に、戦ってでも生存圏を確保しなければ成らなくなる事から、いざと言う時には戦争が不回避にな事と成ると言う国際的な了解が有るため、ある程度の軍事力は整備しなければ成らないと言うのが国際社会の礼儀となり、余程特殊な事情が有る以外では、この戦争は起こるものと言う常識を弁えた軍事整備と外交を行わなければ成りません。

以上の事から軍事圧力レベルでのコントロールとは、この軍事的圧力を行う事によるコントロールと、軍事的圧力を行わず、むしろ縮小する事による特定勢力の軍事リソースの引きずり込みによるコントロールとなります。


・正義と悪の感情
最後のコントロール対象となるのが、人間の有する感情において国家間の外交にまで発展する可能性も有る「正義と悪の感情」です。

これは国際社会における国家は、生存圏を掛けて存続している事から対立構造が生じる為にそこから生じてしまう価値観です。

人間は社会と言うコミュニティを構築して生きている生物ですので「社会構造を破壊する犯罪的な行為」や「犯罪と定義されていなくても人道的に問題のある行為」を行った場合、コミュニティから排斥される恐れがあるため「善であろうとする心」が有る事から犯罪を行わない様にする生存本能が大なり小なり有ります。

更にこの感情から「善であろうと信じ込もうとする弱い心」や「対立した相手が悪であろうと思い込みたい弱い心」が有り、これらの感情が国家を運営する上での行動や民間レベルでの国家間交流や歴史認識に影響を与える事になります。

つまり国家における対象国への感情面でのコントロールとは、現実的な国益面から政治を行っている政治家に対してでは無く、その政治家の命を脅かせる存在である国民がそのコントロール対象になります。

「対象国の国民や政治家に「自分達は悪である」と言う認識を与え、対象国に対象国に対して行う自国の行いを正当化し、対象国の民衆や政治家の発言を封じる」、又は「対象国の国民や政治家に「自分達は正義である」と言う認識を与え、他国への軍事リソースの投入を躊躇わない心理状況下に追いやる」と言った心理操作も戦略におけるコントロールの概念の内に入ります。

中には自国民に「自国(A国)は悪であると」と信じ込ませ、隣国(B国)に「B国は正義である」と信じ込ませれる情報を流し、B国の人に「悪のA国になら何を行っても良い」と言う感情を植え付ける様な情報操作を行う国もあります。これは「人間は悪である事に耐えられずに、自身を正義だと思いたがる」事から「まさか自分達の事を何の証拠もなく貶める事はしないだろう」と言う認識を逆手に取ったコントロールとなります。

この様な意図的に自国を貶め、対象の隣国等に「自己の正義感と相手国を悪と信じる敵意」を植え付けるコントロール戦略は、余程「安全保障の確立された国」か「敵対的関係を誘発させる事によって利益を確保する事の出来る国」のどちらかでしょう。


・利益と不利益
最後に最も単純なコントロールが「利益と不利益」です。基本的に上記で述べた事も大体はこの「利益と不利益」に関しての事です。

人間であれば上手い食べ物、大量のお金、高価な宝石などが利益に当たり、国家であれば高度な技術、膨大な資本、借金の帳消し、軍事的外交的援助などがこれに当たります。

ただし個人であれば、コントロールの為に行われたこれらの事で痛い目を見ても、落とし穴に嵌った程度の事だが、国家レベルでこれが不必要なまでに行われると、国家が供給できる以上の利益を得れてしまい、その利益を前提に国家の繁栄を維持した場合、その利益が持続的に確保できない時には、国家全体が破綻する事になります。ですので利益が与えられたからと言って、涎を垂らして飛びつけば、短期的には良くても長期的には国家を損なう事にも成り兼ねませんので注意が必要となります。

不利益に関しては、誰だって受けたくないのでコレに関しては詳しく述べる必要は無いと思われます。(利益の逆ですので簡単ですよね!)

これらは先に取り上げた「資本」「軍事的圧力や支援」「善悪の感情」等の全ての項において、この利益授与の行いがコントロールに値する事と成ります。



★タイミングの重要性
上記のコントロール行為を行う時に最も重要な事は「タイミング」であると考えられます。

何故タイミングが重要なのかと言うと、これはコントロール行為を行う対象相手や国が、仕掛けた側が望んだ様な行動を取るかどうかは、対象が置かれた環境が重要で、例えば対象国に対して資本注入による大規模な工業化や経済のバブル化を煽る財政支援と経済支援を行えば、注入を受けた国家の「消費力」や「生産力」や「人口」が爆発的に上がり、将来的に混乱に陥れることが可能となる。

しかし、ここで注入を受ける側の国が「増税」の様な人口抑制政策や「付加価値の低い企業の淘汰」の様な不必要な生産力の抑制政策を行える国内状況を築いていた場合、将来的にキャピタルフライトなどを起こし対象国を混乱に陥れるコントロール戦略は通用しなくなるどころか、対象国の産業の高度化と安定化に寄与する事になります。

この様にコントロール戦略を目的とした行為を含むあらゆる行為は、その行為を行う時に相手が望む反応を行う様な状況が確立されていなければ、望む反応を返してくれません。

これは孫子の水の比喩の記事で述べた"状況・帰結のアプローチ"の事で、戦略的な事を意識して何かを行おうとした時、自分達の置かれた環境を考えた上で行動を行避ければ、結果は自身の望むものには成りませんので注意が必要となるのです。


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以上が大まかな分野別のコントロールに関しての考察となります。

次回からは「マネー」「資源」「人」「技術」「情報」を利用しての人の生み出すエネルギーコントロールに関しての考察となります。

つまり今回述べた事を更に詳しく考察すると言う事です。

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2019年01月29日


本日は前回から続く、「水の比喩で見る大戦略」の続きに当たる「大戦略で考える流動性制御」でお送りいたします。

前回の水の比喩とは、孫子兵法に記されている、兵(軍隊)を水に例えた比喩で、「戦争等で軍隊を運用する時は、物理法則や人間の心理の法則等の影響を受けるため、ソレを予測し自軍と敵軍を自分の都合の良いようにリアルタイムでコントロールすべし」と言う意味を述べた比喩で、あらゆる情報を分析し利用した、あらゆる力の制御こそが戦略の大本道であると言う事です。

これは用兵の事だけでは無く、国家を運営し国際社会での生存戦略を行う事についても同じことが言えます。

今回は、そのあらゆる力の流動性の制御の観点から、大戦略とは何なのかを考察してみようと思います。

そして前回の最後で述べた様に、この大戦略を考える時は、生き残りこそがその根底にある最大の目的である事を認識し、それを前提に「可能性の現出」と「価値、技術(機能)の組み合わせ」と「流動性の制御」を取り上げさせてもらいます。

なお記事は、今回だけでは収まりませんので複数回に分かれると思われます。

2-大戦略で考える流動性の制御≫(←この記事)

★国家における流動性の制御とは?
では国家における流動性とは何なのでしょうか?

これには色々のモノが有りますが、まず代表的なモノが「お金(マネー)」が取り上げられます。このマネーと言うモノは、人類に文明社会が始まってより最も流動的なモノの一つで、食糧の様な腐るモノでも無ければ、情報の様に劣化するリスクも少なく、現代のインターネットの発達した国際社会でも、最も流動性のあるモノの一つでも有ります。

お金を貸したり借りたり、政府の増税により経済活動に影響が出たり、銀行業務によって信用が膨張したり、他にもあらゆるモノと交換される事によって、工業製品、食糧、人材、燃料等のあらゆるモノに変えられ世界中に循環しています。このマネーの流れと、価値を制御すると言う事は、マネーの取引によって影響を受ける諸々の事象に影響を与える事になると考えられます。

無論、先に述べたマネーと交換できる「「工業製品、食糧、人材、燃料等の様々なモノ」も生産され消費される事によって、国家の活力になる流動性のあるモノ」と言う事も出来ます。


そしてもう一つ重要な事が「軍事力(パワー)」で、これは国家の安全保障を守るだけでは無く、国際社会における利権を軍事力を含む外交交渉で守る力も含んでいます。

当然そこには、他国を威圧したり侵略する力と言う意味も有し、その影響力は周辺国に反発と言う形での反発力的な軍事力を招く恐れもある、流動性のあるエネルギーとも言えます。


更にもう一つの事が「心(マインド)」で、これは国家を構成する国民やそれを指導する政治家の行う事に影響し、時にはこのマインドによって「どこの国に「投資するのか」や「侵略するのか」や「有効的付き合いをするのか」にも影響するため、他の流動性のある事柄に影響するモノである」と考える事が出来ます。


そして最後に「人」で、これは人の移動や人口の増大と言った事柄で、その国の生産力や消費力の増大や、民族大移動の様な難民が起これば、国際的な混乱にも結び付きます。そのためお金が生まれる以前の古来より流動性のある存在と言えます。


これ以外にも、人類にはコントロールし難い「自然環境」、大気や海流の流れ、自身や火山活動、台風や洪水、干ばつ、更には気温等も流動性のある存在と言えます。ただし、この自然環境に関しては、人間ごときがコントロールしようと考え実行しても、手痛いしっぺ返しを食らうのが目に見えていますので、基本的に起きた事象を受け止め、対処するしか有りません。


★膨張と噴出、激突と可能性、縮小と巻き込み
では国家や民衆が生み出すエネルギー(力)の流れと言うモノは、どの様に生み出しどの様に流れ、時にはどのように衝突し自己や周囲に変化をもたらしてゆくのでしょうか?

まず国家を維持する人口や産業を一つのエネルギー体と考えた場合、その共同体に外部からエネルギーが投入された時、その共同体の有する生産力や消費力が増大する事が有ります。

この上記の事象が「膨張」で、この国家的力の膨張は「外国と言う外部だけでは無く、今現在社会体制を維持を構成しているモノ以外の新たなる資源やエネルギーが発見され投入された時にも起こる現象」で、この現象が起こると一時的に生産力や消費力が増大する事になります。

しかし拡大の原因になっている存在(新資源や海外からの投資)の国内消費に対する供給の相対的縮小が生じると、生産と消費が維持できずに、その生産力と消費力を維持するために、外部に向かって生産力と消費力を放出しなけれけば成りません。

これが膨張から発生する「放出」で、国家で例えると「生産力と消費力の帳尻を合わせるために、増大した生産力で生産されたモノやサービスを海外に売りつけ外国で稼いだ金銭を持って海外の物資を購入し、自国の増大した消費力の維持に充て、更に国内で賄いきれない消費力を移民と言う形で外国に送り出す」と言う行動に当たります。

このエネルギーの膨張は、何も国家における生産力と消費力だけでは無く、「感情に注がれる正や負のエネルギー」などと言った物質的なモノ以外もこれに含まれる事になる。


そして、それらの放出された各エネルギーの流れは、発生元以外の外部領域に流れ込み、その外部領域に存在している同質の存在と交わると対立や友和等の各事象に発展します。

例えば、増大し過ぎた生産力で生産されたモノを外部に流せば、そのモノやサービスを受け入れる領域で「同じモノやサービスを生産している人達」は、ライバルの出現で負担が生じる事になります。小規模のある程度の競争であれば、受け入れる側の人の努力を促したり、消費側の消費コスト削減になるため、恩恵が有る事は認めれるが、不必要に受け入れる量が多すぎれば、過当競争や所得の減収からなる受け入れ領域の人達の負担になります。

更に過剰消費に当たる人員の削減を目的とした放出が行われると、それを受け入れた領域に住む人達の生産力が、流入した人達の為に使用される事になるため、受け入れ領域の人達には負担ともなります。これは人口だけ増やした途上国の人が先進地域に潜り込み、その土地の人達に迷惑をかけながら生きる様な事例がソレに当たります。

無論、流入した人達の生み出す生産能力が、受け入れ領域の人達の生み出す生産能力を平均的に超え、且つ受け入れ国の通貨と物価がインフレ状況にある場合は、受け入れ領域の人達が受け取れる恩恵が大きくなる為その限りでは有りません。これを人類の大移動に例えると、文明の発展した地域の人が、未開地域の人達の住む土地に移り住み、その地域の人達の為に尽くすなどと言った事がソレに当たる。

これは国家における「生産と消費を行う人的資源の領域外放出」と言う観点から説明しましたが、感情の放出と言う視点から見た場合、国家におけるナショナリズムの高まりやから発生する周辺国への影響などと言った事象も、感情面におけるエネルギー放出から生じる可能性の発露と言えます。


では「縮小」とは何なのかと言うと、縮小とは文字通り「内包しているエネルギー量の低下からなる規模の縮小」を意味しています。

国家等の存在は、内包するエネルギーの原資になる存在が少なくなればなるほど、その存在がエネルギー密度が希薄なり、希薄した部分を埋めるに周囲のエネルギーが中心の最も必要とされるところに集中し、その存在が存在であろうとする根源を守ろうとします。

生物で言えば広がり過ぎ維持できなくなった勢力が管理できる範囲で縮小したり、体の一部を退化縮小する事で最適化する様な事で、当然国家においてもその事象は成立します。

更に「巻き込み」は、上記の縮小という事象が生じる過程で、その存在が縮小した時の生じる空白地帯に、周囲の存在(エネルギーや勢力)が流れ込む事象である。

無論、この流れ込んで来るエネルギーや勢力は、内部エネルギーを維持できずに噴出させるほどに膨張している存在がその対象となり、例えるなら古来から国家の興亡における「国が一つ自壊もしくは縮小したら、周囲の膨張する国が、自壊したり縮小したりして規模の小さくなった国の元支配地域に進出する」と言った生存圏拡大の構図が、ソレを指しています。これは別に国家だけでは無く、自然界の弱肉強食や自然淘汰で生じた、空白下若しくは希薄化した領域に侵入する新たなる個体の例もソレに準ずると考えられる。


これら各種エネルギーの「膨張と放出」「縮小と巻き込み」「激突と可能性」等の事象が、多くの国が古来から行い行われてきた生存戦略の根源に位置する事象で、これを認識できているかどうかで、その国の生存力が決まると考えられます。

どの存在が膨張するのか?
どの存在からどの様な力(エネルギー、感情、軍事力)がや放出するのか?
その放出された力がどの様な指向性を帯びるのか?
力の向かった先でどの様な事態が生じるのか?
反発なのか? 融合なのか? 混乱なのか?

どの存在が縮小するのか?
縮小した時に生じる空白or希薄にどの様な力が流れ込むのか?
流れ込んだ力で受け入れた存在がどの様な変化の可能性が表に出るのか?
可能性とは、反発なのか? 融合なのか? 混乱なのか?


何処の国を、どの様な存在を、膨張させるのか?縮小させるのか?
その膨張の為の原資となるエネルギーは何処から来るのか?
もしかしたら自分達の国が、そのエネルギーを注ぎ込んでいるのか?
そのエネルギーは、どの様に捻出しているのか?
もしかして国民を犠牲にして捻出しているのか?

この「エネルギーの捻出と注入による対象の膨張」と「エネルギー喪失による自己の縮小による、周辺の巻き込み」と言った行いが、正に戦略における"コントロール"と定義される概念で、このエネルギーのコントロールこそが「流動性の制御」なのです。


----------------

以上が、大戦略で考える流動性の制御の概念的な考えに成ります。

より詳しい事は、次回に回します。

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nh01ai33 at 08:00

2019年01月27日


今回は、「水の比喩で見る大戦略とは?」の題名でお送りする、国家戦略とはそもそも何なのか?と言う記事に成ります。

国家戦略という言葉は、あらゆる場所で若しくはメディアで聞きますが、"国家戦略"と言う文字列を使用している人は多々いれど、その本質を理解した上で使用している人が少ないように思えます。

本日は、その「国家戦略(戦略)」とはそもそも何なのかの考察となります。


では始めさせてもらいますが、そもそも国家戦略とは何のか?と言うと、国家が目的を達成する上での生存の道筋を意味すると考えています。

そして国家の目的とは何なのかと言うと「生存」の為、と言う結論が導き出せれますが、これは当ブログだけでは無く、歴史上の国家を運営する政治家や戦略家が述べている事です。

国家の最終目的は「戦争で勝つ事」でも無く、「繁栄する事」でも有りません。それは「国家を構成する国民と、その国家が保有する自然環境から生み出された民族性や文化性を、主権者たる国民が妥協できる範囲内で変化させ続け生き残り続ける事」に有ると考えられます。(ブログ主の主観です)


そして今回は、題名にもある様に、その生存のための戦略を、古来から存在している孫子兵法にも書かれている「水の比喩」を例に出し述べて行こうと思います。

関連リンク
1-水の比喩で見る大戦略とは?≫(←この記事)


★水の比喩
では"水の比喩"とは何なのでしょうか?

簡単に書くと

「兵(軍)とは水の様なモノである。水が流れる時、高い場所から低い場所に流れ……」

から始まる、"水の流れ"や"型に囚われず臨機応変に形を変える事"を述べた文で、現代でも様々な人が様々な解釈で様々な結論を出しています。


日本や欧米では、これを「軍隊とは、水の様に様々な形になれるようにしつつ、臨機応変に対処できるようにしろ」と解釈されております。

この様な解釈が成り立つのは、軍隊の運用や戦争の仕方にはパターンがあり、そのパターンが読まれたら相手に自軍の動きを読まれてしまい、その動きに対処されてしまうからです。

ですのでパターン(型)自体を持たない様にし、むしろ相手がどの様なパターンで戦いを仕掛けてきても、こちらは水の様にパターン(型)を見せずに柔軟に臨機応変に対処しろ。

これが日本や西欧に孫子が伝わった頃に解釈された、孫子"水の比喩"の解釈に成ります。


ですが近年この日本や欧米の孫子解釈に異議が唱えられ、本場の中国人(香港)学者が新しい解釈を提示してきました。("日欧米には"新しいですが、中国は古来から有る正しい解釈のようです)

この孫子の水の比喩の正しい解釈に関しては、「-真説-孫子(著:デレク・ユアン、訳:奥山真司)」に載っているので、より詳しい事が知りたければ、そちらの書籍を購入の上で確認してください。当ブログでは簡単な形でしか説明しません。(非常に勉強になります面白いのでぜひ買って読んでみてください)


この孫子の"水の比喩"の正しい解釈に関しては、「自軍が水の様になり柔軟に対処しろ」と言うモノでは無く、

その一面も有るには有るが、真の解釈は「兵(軍)とは、水の様に法則に沿って動くモノなので、その法則に沿って動かざるを得ない状況に追い込め」と言う意味らしいです。

つまり「軍と言う存在が、人によって構成された存在である事から、水の様に世界の物理法則には逆らえず、ある程度行動が読めるため、対象の敵軍の置かれた状況(環境を含む)を常に知る事によって、外部から何らかの刺激を与えたり障害を置く事によって、水(軍や兵)の動きをコントロールせよ」と言う事なのです。

人間は「走れ」と言う命令には従い実行できますが、「腕を羽ばたかせ飛行しろ」などと言う命令は物理法則に即しては居ないため実行自体が出来ません。この様にあらゆることには法則が適応されますので、その法則を知り、環境や自身が相手に行う外部からの刺激が、相手にどの様な影響を与え、特定の行動に至らしめるのか?が重要な事である。

と言うのが、孫子の兵法の述べている事だと言うのです。

同時に、この水の比喩には「自分達がどの様な状況に置かれているのか?物理法則を含む法則kの下でどの様に動かざる得ないのかを想定し、相手の想定を超えるサプライズを行う事によって、自分達の行おうとしている事を悟らせずに、優位に事を運べ」と言う意味も存在していると言われています。

これが兵が"水"の様に無形で有る事が望まれると言う意味らしいです。


この様な考えを「状況・帰結のアプローチ」言うのだそうです。

つまり「状況そのものに干渉する事によって、必然的にその様な行動や結果が導き出されるように仕向ける」と言う事で、

例えるなら、"今までの水の比喩の解釈"が「自身を水と見なし、どの様に自身を変化させ目的の位置に行くのか?」と言う事であるのなら、

この状況帰結のアプローチは、「相手を水と見なし、河川の際を整備したり障害物を置く事により、その流れを自身の望む方向に誘導させる」と言うモノで、同じ水の比喩でも思考の仕方が根本的に違う事と成ります。

この様な視点で見れば、

「兵は詭道なり」や「彼を知りて、己を知れば、百戦危うからず」の意味も分かり。


"兵は詭道なり"は、ただ相手を騙す。詐欺に掛けるでは無く、

相手は自分達の置かれた状況や今までの行動パターンを知った上で動くので、その相手の予測を裏切るようなサプライズが必要となる。

と言う意味で、


"彼を知りて、己を知れば、百戦危うからず"は、事前情報を集めて活用する事では無く、

相手の置かれた状況や自分の置かれた状況を正しく認識すると言う意味で、「相手が戦う前にどの様な状況に有るのかを知る」だけでは無く、その状態と環境下でどの様な心理状況に追い込まれているのか、どの様に動こうとしているのかをリアルタイムで認識し、更に相手が敵側(自分の事)をどの様に認識しているのかも知る事によって、相手がどの様に敵側(自分の事)の動きを予測して動くのかも考慮に入れる必要がある。(つまり刻々と変化する情勢で敵軍と自軍がどの様な状況なのかを知る事)

と言う意味だとの事です。


この様に"水に比喩が"が、そもそも「自軍が水の様に動き運用させる」と言う意味だけでは無く、「自軍と敵軍が水の様に法則に沿って動くので、ソレを考慮の上でコントロールしろ」と言う意味である事が分かると、「-真説-孫子」が出版される前と後では、孫子の解釈に変化が生じると言うのも頷けます。

なお当ブログで以前紹介した「陰陽論」は、この"水の比喩"から発生し、後世の孫子編纂者達が確立させたとの事です。

双方共に「-真説-孫子」に掲載しております。



★国家に目的はほとんど無い
地上波メディア等において、どこかしらの国が行う外交行動や軍事戦略に対して国家戦略と言う言葉を適応させていますが、ブログ主の価値観では国家において何らかのピンポイント的な目的は存在しないので、それらの一つ一つの国家の行動に何か特別な目的を設定し、戦略扱いをするのは違うと思います。

基本的に国家の行う戦略とは、結果的に生存に繋がる事を目的とした行動を指し、それは目の前にある何らかの結果を取得する為に行っている訳では有りません。

国家戦略における目的は、「ピンポイントで目的のモノを取りに行く様な事」では無く、「幅広く手を広げ、"その手の中に生存と言う目的を達成するに必要なモノ"が転がり落ちてくれば良い」程度の事なのです。(上記で述べた"水の比喩"と同じです)

まず国家戦略を考えるに、生存を目的とした行動であると言う点を大前提にし、それ以外を目的とした事を行ったとしても、それ自体を目的とした行動では無いと言う事を前提に、物事を見るべきだと考えられます。


★国家の生存戦略とは何なのか?
では生存権を確保するに必要な技術的な行為は、どの様な事が求められるのでしょうか?

端的に言ってしまえば、国家戦略や国家運営の技術とは「可能性の現出」と「価値、技術(機能)の組み合わせ」と「流動性の制御」のこれら三要素の制御であると言えます。

これはブログ主が孫子兵法の"水の比喩"を前提にした考えで、軍隊(兵)と言うモノが法則にしたがうのであれば、それ以外の「国家」とて世界の法(自然環境や物理法則)に従った動きしかできないと言う大前提から発生した考えす。

この「人の流れ、自然の流れ、世界の流れ、物理法則のエネルギーの流れ」などの流れに対して如何にして介入し、そこから生じる可能性を浮き上がらせるかによって、大きな流れを制する事が出来るか。その介入の手法として、価値や機能の組み合わせによる多様なる手法の確立を行う。

これこそが正に国家の行う生存戦略であると断言できるのでは無いでしょうか?

これは以前当ブログ記事で述べた「企業の使命」にも重なる事です。

ブログ主は、これらの思考はこの世界のあらゆる事象を考える上で必要な考え方だと思っています。正直なところ、これが分からなければ国家戦略等の事は理解できないと思います。

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次回は国家戦略における「可能性の現出」と「価値、技術(機能)の組み合わせ」と「流動性の制御」の三要素に関して、細かく説明しようと思います。

本日はココまで!

関連リンク
逆説的論理(パラドキシカルロジック)


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