英国

2020年11月29日

今回は、当ブログで述べている「日本が行っていると思われている国家戦略」を基に、現在日本が行っていることが、歴史上に存在している国家が行っていた事と比較して、どの様な類似性が有るのかを考察させていただきます。

①英米と同じバランシング
このバランシングと言う戦略は、別に英米固有のモノでは無く、古来中国の春秋時代より「遠交近攻、勢力均衡」と言う形で実践されていた事で、珍しいモノでは有りません。

ただ英国や米国は島国であり、「大陸に領土を持ち陸上国境を有し、陸上戦力から国土を守らなければらない」と言ったリスクを有しないがため、国境防衛に投入するリソースを近隣の国家群を争わせる事に使用し、結果としてそれらの争いに深入りもせず軍事的疲弊も負わずに済んだ英米歴代覇権国家が、その国力から捻出できるリソースを持って長期に渡り勢力均衡戦略による恩寵を得て、強大な力を有するに至ったと言う事なのです。

違う部分があると言えば、英米の両国が遠く離れた地域から特定地域に群立している諸国家に対して、これらの均衡戦略を行っているが、日本は「隣国に対して、自国を巻き込む形で行っている」と言う点である。現在覇権国家として成立している米国に対立している(また対立していた)中国やロシア(ソ連)の緩衝地域に日本は存在しています。

ただし、日本を手に入れた国家が軍事的に経済的に圧倒的な優位性を得て、場合によっては覇権国家に成り果せる事を考慮すれば、現覇権国家である米国や挑戦国である中露(ソ連も含む)も日本を確保しようとして、また裏切られない様に自国側に留め置くために、多大な労力を投入しなければ成らない。(日本以外に他にこんな国は有りません)


②朝鮮半島と同じ侵攻経路提供
上記の続きに成るが、自国を巻き込むような侵攻経路の提供は、有名なところでは朝鮮半島が挙げられる。

これは日清日露両戦争に置いて、朝鮮半島に存在していた大韓帝国等が、自国で自国の安全保障を満たせず、安易に「他国の軍事勢力を朝鮮半島内に招き込む行い」を行ったが為に、周辺の「朝鮮半島に自国の安全保障を満たすための防衛組織が置けない国家」が危機的意識を感じ、「いざ自国を戦場にするぐらいなら朝鮮半島を戦場にして安全保障を守る」と言う行動のため朝鮮半島に出兵し生じた騒乱を指しています。

この自国の安全保障を血を流してでも自国で守らない行いは、古来より侵略行為と同じ犯罪行為であると見なされ、現在の国際社会では侵略の定義内にも入ってしまうため、余程の大義名分が無い限り基本的に行える事では有りません。

朝鮮半島との違いは、当時の朝鮮は、国土の全土を提供すると言う犯罪行為を行い、現在の日本は"一部の島など"を提供(及び提供示唆)を行う事で、これ等侵攻経路の提供を疑わせ、周辺諸国に行動を起こさせようとしている点です。(「全土」と「一部」の違いが有ります)

また、一応日本は先の大戦で戦い「日本への侵攻は許さない」と言う態度を鮮明にした上で、ソレでも力足りず国土の一部を外国(米軍)の勢力に明け渡しているため、中国に対しての侵攻経路の提供には当たりません。(少なくとも日本は「血を流して領土を他国の軍に明け渡さないと言う行動を取った」と言う事実は非常に重要です)

更に敗戦によって確立させた「日本は邪悪な国家であり、正義の国家(中国)に進行を受けても、日本が悪いはずなのだから仕方が無い」と言う認識を盾に取る事で、中国の米露両国に対しての侵攻経路としての拠点確保の誘発の可能性を高め、それにより米露の両国に「中国が日本を占領し米露両国に行いそうな戦略」に対応する負担を押し付ける事にも成功しているのです。

もし国際社会が日本に対して「中国に対する米露への侵攻拠点の融通」を止めさせたいのであれば、「日本は邪悪な国家では無い、自国の防衛をキッチリ行う責任と大義がある」と言う事実を全人類規模で認識させなければ成らない事になります。(そのためには、日本は中国に対して負う負い目など無い事を歴史を紐解いて説明しなければ成りません。最も国際連合側からその様な事を行えば、「国際連合は自分達を正義として定義したいが為に歴史を捏造している」と言うレッテル貼りを甘受しなくては成りませんが・・・)

③米国と同じ覇権国家に対しての国債買い
これは且つて米国が大英帝国に対して行っていた事です。

基本的に国家発行の貨幣や紙幣は、その国の生産力が担保に成っています。「発行された通貨」と「その国で生産される物資」の均衡が取れていれば、例え市場に流す通貨量が増加し続けたとしても、より効率的に生産された大量の物資が市場に出回る事で、インフレ(物価高)に対応する事が可能となります。

この均衡が取れず、実際の生産力の上昇が起こっていないにも拘らず通貨量を増やせば、物価高騰(生産物の価値が通貨価値を上回り、生産物の値段が上昇する)が生じてしまいます。

唯一例外があるとすれば、外国に通貨を発行する時の負担を被ってもらう事です。

これは国債発行上の手続き上で、他国に自国の国債を購入してもう事で、他国の通貨を手に入れて、その他国の通貨で国際貿易を決済し、通貨発行の負担を国債購入国に被ってもらう手法です。

無論、国債を購入した国は自国の通貨が売られ市場に氾濫する事になるので、市場に流す通貨と生産物の均衡の問題上、インフレに成る可能性が出てきます。


且つて米国が行った事は、英国の敵に成りそうなドイツなどに軍事的援助を行い、英国が国債を発行しなければ成らない状況を作り、その上で大英帝国の国債発行を負担を被り購入し、英国債を支配する事で将来的な英国の物価変動を米国主導で行える様にして、ブレトンウッズ体制を始めとした第二次大戦後の世界秩序の支配力を英国を蹴落として奪い取った事です。(第二次世界大戦後、英国は国債の下落圧力によりインフレに苦しみ、覇権国家から脱落しました)


日本が行っていると思われる事は、冷戦後のバブル崩壊で緊縮政策と国債発行を併用する事で、自国民を自殺に追いやりながら信用の創造を行い、創造された信用を国内を不景気にする事で溜め込ませつつ金融緩和(金融ビックバン)で海外に流し、それにより海外の国をバブル化とバブル崩壊をさせる事で、日本と同じ不良債権を創造させる。

これにより米国を始めとする各国の通貨価値を下落させるのと合わせて、通貨発行(量的緩和、アベノミクスの事)を行い不必要なインフレ(通貨価値下落)が生じない様にしながら自国の通貨を増大させ、将来的に「自国で使用する」なり「各国に融資する原資」なりを手に入れた。(この価値の不必要な下落を抑えて手に入れた"円"をどの様に使用するかで、各国の命運が決まると思われる)

④第二次世界大戦前のドイツのように他国で軍事研究を行う
これは有名では有りませんが、知っている人は知っている事です。

第一次世界大戦で敗戦国に転落したドイツは、各国の監視下に置かれて厳しい軍事技術開発環境に陥っていました。そこでソ連と連携する事で、ソ連国内に軍事基地を置き、兵の訓練を行い、技術開発を行っていたと言われています。

とは言え、この後ナチスドイツとソ連が戦争する事になるのですから、ドイツが行った事は「将来的にドイツ人を殺害する人々に軍事技術を流していた」と言う結果に成ってしまいました。

日本は如何でしょうか?

現在、侵攻経路の提供を行いつつ、侵攻させようとしている中国に軍事技術を横流しを行い、日本の学者は中国で技術開発を行おうとしている、とも言われています。

何処かで采配を誤れば、軍事技術は取られたままになりますし、日本の国土が戦場に成る可能性も有ります。

逆に成功すれば、いずれ平和裏に中国から軍事技術が日本に流れますし、日本周辺国を疲弊させる事もにも繋がります。

どの様な結果になるかは、これからの流れしだいと思われます。

ただし、日本と中国は直接国境を接している訳では無いので、独ソ戦が生じたドイツとソ連に比べると紛争のリスクは少ないと思われます。(油断していいわけでは有りませんが・・・)


★日本を批判し難い各国
上記の事は、行えば自国の国益とする事が出来ますが、やられた方にとっては自国の国益に損害を与えたり、安全保障を脅かされたりと非常に不利益となります。

本来この様な事を行えば日本は心底恨まれるのでしょうが・・・


これに対して、

英米も行って居た事だ、そして「且つてそれに対応して戦った日本が悪い」と言う結論に成り、全世界にその結果が定着したでは無いか?

現在日本が行っている事は且つて貴国等が行っていた「正しい行い」のはずだ。何が悪い事なのか?


と言われればそれまでで、結局、現在これらの戦略の負担を受けてしまって言う国々は、自国の正義を振りかざした結果の状況に陥ってしまっているだけで、しかも当の日本が未だに「日本が悪い」と言う論調の風評を世界に流布しているせいで、これまで日本を悪に仕立て上げて来た国々の方が「日本の国家戦略の構成要素の一つに成っている"日本に対しての冤罪"を修正できずにいる」と言う事態に陥っているのです。

正に、これが「身から出たさび」そして「人を呪わば穴二つ」では無いでしょうか?

ブログ主だけでは無く、世界中の人々が「正義に仕立て上げられる恐ろしさ」を学んだ方が良いのかもしれませんね。

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以上を持って、一応の「日本の行っている事を歴史上の国々と照らし合わせて見た!」の記事を終了させて頂きます。

なお当ブログで述べている事は、あくまでもブログ主個人の見解に過ぎません。間違い等が有る可能性を前提の上で閲覧してください。

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2020年07月22日

今回は、米国の安全保障にとって最も重要な二つの国である「日本」と「英国(イギリス)」に関しての考察となります。

日本と英国は、「共に米国に隣接し、共に海洋国家であり」、共に米国の同盟国である」と言う共通点が有ります。

米国は世界の覇権を握ってより現在まで、対ユーラシア大陸諸国に対してのバランシング戦略を行ってきましたが、日本と英国の二国は、米国の同盟国の中でも特別な地位を築いてきました。

これは過去から現在に至る米国の態度を見れば理解できる事です。いかに米国の大統領が日英両国に対して厳しい事を述べても、日本と英国の権力者が米国との同盟から離れる素振りを見せた途端、米国の関係閣僚などが日英に赴いて関係の改善を求める交渉を行っているのがその証拠と言えます。

有名な処では、日本で2009年の民主党が政権を取った時に、米国が日本より中国を重要視する姿勢を見せた途端、日本の民主党政権が米国よりも中国と友好を結ぼうとする姿勢を取りました。これは普天間基地の移転問題の事ですが、これによって日米の同盟関係を重要視している人達(当時の米国のオバマ大統領を含めて)が民主党政権の鳩山首相に懇切丁寧に説明を行い、米国はいかに日本と友好を持続させたいのかの姿勢を明確にせざるを得ませんでした。

これは日本だけでは無く、英国も似たようなもので、英米間で何らかの理由で不和な状況に陥った場合、両国の代表や関係閣僚が会談し、いかに英米が友好的であるのかをアピールするのが常に成っています。

日本や英国の二国に比べると圧倒的とも言える国力を有する米国が、何故日英の二国に対してこれほどまでに重要視及び友好をアピールする様な態度を取らなくてはならないのでしょうか?

実はこれらの要因は、日本と英国の二国自体に米国を脅かす要素が有るから米国がその様な態度を取っているのでは無く、米国のライバル国(覇権挑戦国)であるロシア(旧ソ連)や中国にその原因が有るのです。


★日英が米国にデカい顔が出来るのは?
日本と英国の二国が、属国のように見えて、実は裏では米国が「気を使った外交対応」を行わざるを得ないは、日英の当事国の問題では無く、ロシアや中国の問題であるとは、どういう事なのでしょうか?

これは地政学的な問題です。
日本に関しては、当ブログで常々述べている「ロシアや中国の両国に対しての米国への侵略経路を提供できる事」がこの問題の本質となります。

日本が中露のどちらかに擦り寄り米国への侵略経路を提供し、米国への敵意を示したとして、米国がその日本の態度に対する報復として日本が擦り寄った大国と同盟組み、日本の擦り寄りを無効化したとしても、日本がもう片方の大国と同盟を結ばれたら、結局米国は中露二大国のどちらかを敵として向かい合わなければ成りません。

「米国が中露のどちらかと同盟を組んだ場合、組まなかった別の大国が、自国の潜在的な敵国と同盟関係を結んだ米国を、敵国として認識してしまう」と言う地政学的な環境が作られていることがから、日本の侵略経路の提供が戦略として機能してしまうのです)

他にも、世界一、安定した通貨を大量に溜め込んでいる日本は、いざ世界的な経済混乱が生じた時に、米国を含む世界経済を支える事の出来る唯一の国である事も要因の一つとして働いています。(最も世界的な経済混乱が起こる原因である、グローバルバブルの発生と増大にも日本の経済政策及び金融政策が関わっているので、ある意味マッチポンプと言えなくも有りませんが・・・)

では日本のこの地政学的な特色に対して、英国はどの様な特権を有しているのでしょうか?

英国は、ロシアに対して侵略経路の提供を行えない事も有りませんが、米国が英国に隣接するフランス辺りと同盟を組んだ場合、この侵略経路の提供は戦略として機能し難いモノと成ってしまいます。

この様に考えると、英国は日本ほど地政学的特権は有していない事になります。
では英国は、只デカい顔をするのが得意なだけなのでしょうか?

違います。英国にも米国にデカい顔を出来るだけの地政学的な特色を有しているのです。


関係リンク


★英国が米国にデカい顔を出来る理由は?
英国が米国に対してある程度デカい顔が出来る理由は、米国が覇権国家であり、世界の海洋を維持支配している事が理由として挙げられます。

もう一つの理由が英国が世界中に領土を置き、"イギリス連邦"だとか"英連邦王国"だとか言う、旧大英帝国系国家と強い関係をいまだに結んでる事が挙げられます。(英国連邦王国は、カナダ、オーストラリア、NZ、パプアニューギニア等が内包された国々を指します。イギリス連邦は、英国連邦王国にインド周辺の国々や旧大英帝国に支配されたいたアフリカの国々を加えたものになります)

では何故、「米国が世界の海を支配維持している事」と「旧大英帝国諸国と英国の関係」が英国が米国にデカい顔を出来る要因になるのでしょうか?

想像してください、世界の海の治安を守る事によって覇権が確立している米国にとって、これら旧大英帝国系の国々が何らかの形で、米国のライバル国になびいた場合、安全保障に危機が生じる事に成ってい舞います。

例えば、カナダですが、この国は米国に隣接する先進国です。軍事力はそれ程では有りませんが、米国にとって北に長大な国境線を有するこの国に敵対される様な事が有れば、軍事負担は途方もない事になってしまいます。

例えば、オーストラリアやニュージーランドですが、この二国は一定以上の国土を有しており、またチョークポイント通らない、また凍り付かない海洋ルートを考慮した場合、全海洋の通商路の中心に位置する国です。この国に米国のライバル国に走られた場合、海洋防衛の負担は爆発的に増大してしまう事になるでしょう。

これはインドや南アフリカを含むアフリカ諸国もこれに含まれます。これらの国々に敵対されようものなら、米国の覇権維持は今まで以上に莫大なコストの掛かるモノに成る事でしょう?

英国としては、これらの国々に米国のライバル国に付くように指示する必要は有りません。その様な事は当事国も自国の安全保障の観点から認めない可能性が有ります。ですが英国の持ち前の金融ネットワークで経済的な混乱を引き起こしたり、中国のスパイ等を招き入れる政策を英国連邦王国やイギリス連邦規模で行った場合、米国に対しての侵略経路の提供戦略として機能する事になるでしょう。

かつて世界の海を制し覇権国家なった英国が、自国の覇権を維持する為に必要だった領土なのです。同じように海洋覇権を手にした米国にとっても、自国の海洋覇権を維持するためには、これらの国々は絶対に必要な国々であると言えます。

これらの国々で経済的な混乱を引き起こせれば、海洋覇権を手に入れ米国を引きずり下ろしたい中国などは、必ずや中国が出て来て影響下に置こうとするでしょう。そうなれば米国もその中国の行動に対処せざるを得ないのです。


★日英一体で米国と同盟を組めば、米国は安定
以上の事から逆説的な考察も行えます。
つまり現覇権国家である米国は、日本と英国の二国とさえ同盟を結んでおけば、「世界の海洋通商覇権」と「自国の安全保障」と「いざと言う時の資本捻出」が可能な状況となり、国家の安泰が約束されているのです。

逆に日英のどちらかに敵対的な行動や米国のライバル国と結びつかれる様な事を行われようモノなら、米国の安全保障に多大な損害が生じる事になるのです。

近年日本国内の言論界で「日英同盟を再強化せよ」とか「米国はG7体制を解体し、英国と日本との同盟を再強化しG3体制を構築すべし」とか言う発言をが出て来ているのは、この様な地政学的な「米国に負担と利益の双方を与え、いかに米国の覇権維持を持続的に支援できるのか」の体制を考慮した場合、自国の価値を如何にして米国に売り込めるのかの考慮を伴った国益維持のアピールの面を考えれば、殊更おかしな事では無いと考えられるのです。

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以上を持って「米国にとっての日本とイギリス」の考察を終了させて頂きたいと思います。

なお当ブログで書かれている事は、あくまでもブログ主個人の見解に過ぎませんので、間違い等が有るかも知れません。それらのリスクを前提の上で閲覧してください。

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2018年08月09日

前回から続く、欧州が帝国主義に変貌した時」の後編に成ります。

続きをどうぞ!

前回の前編へ

関連リンク


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★欧州を帝国主義に導いたアジアから注ぎ込まれた資本

①朱印船貿易と日本の傭兵
まず第一の要因として挙げられるのが、日本人の朱印船貿易の商人と傭兵(浪人)で、これは戦国時代が終わり徳川政権になった日本の方針で、幕府から朱印を与えられた武装商人等が東南アジアに進出し莫大な富を稼ぎ出した政策です。

そしてオランダは欧州諸国の中で徳川幕府と友好関係を結んでいる勢力だったため、幕府と連携した行動を取る事も有りました。日本の侍を傭兵として雇って現地人と争わせたりと言った形で、自分達では血を流さずに東南アジアの市場を制する事ができたようです。

更に日本の力を得れたオランダは、スペイン・ポルトガル勢力を東南アジアから駆逐する事が出来市場の独占を果たす事が出来たようです。

これによりオランダは自分達の力を極力利用せずに東南アジア市場を制する事ができ、胡椒貿易を独占に置く事が出来たのです。

なお東南アジアで一大勢力を誇っていたアユタヤ王朝(タイ)に仕えた日本人に山田長政と言う侍がおり、アユタヤ王朝の重鎮として従えていた事も知られています。彼は造幣の仕事もしていたと言われています。(ソースは"世界不思議発見"で見た覚えが有ります)


②鎖国と島原の乱(1616~1639年頃)
そしてもう一つ重要なのが、「鎖国」と「島原の乱」です。徳川日本は江戸時代が始まり数十年が立つと何のためなのか鎖国政策を開始し始めます。理由はキリスト教カトリックの排斥と貿易の管理が目的だったと言われていますが、本当の理由が何なのかは分かりません。

この鎖国政策で、貿易相手は朝鮮半島、琉球、明朝、清朝、そして欧州から唯一オランダだけと貿易が許されました。オランダが欧州で唯一の貿易相手に選ばれた理由は、島原の乱で幕府側に援助を行い貢献したからで、その功績で唯一ヨーロッパの国で貿易が許可されました。

更に鎖国令により、海外に出た日本人を帰国禁止にし実質上の追放処分にし、朱印船貿易で築いた東南アジアの権益を、オランダに譲り渡しているのです。その上でのオランダに日本との独占貿易を許したので、オランダは東南アジアから極東における貿易を欧州勢の中で抜きん出て、独占する事に成功したのです。

これが意味するところは特に先に述べた通り、「アユタヤで日本人侍の山田長政が金貨等を造幣し商業圏を築いたのに、その努力の結果と日本の対外貿易で得れる利益の大部分を、オランダに譲り渡した」と言えるのでは無いでしょうか?

コレもまた前回述べた「実際に消費するモノ」の独占させる行為と「消費する本人が持ちえない過剰な労働力を内包した信用取引の結果としてのモノやサービス」の過剰な提供と考察する事が出来るのです。

なお1630年頃から鎖国が本格化し日本が東南アジアから引いている為、その頃にオランダが東南アジア市場を独占できた事と思われます。この頃にオランダに莫大な信用が流れ込み、1636~1637年初頭頃に掛けて欧州でチューリップバブルが起こり崩壊しています。同年の末に島原の乱が勃発しオランダが幕府を援助したため対日貿易を独占する事になるのです。(この対日貿易の独占によってチューリップバブルで被った損害を補填する事が出来たと思われます)



③元禄バブル
そして最後に元禄バブルです。鎖国を完成させ対外的にも国内的にも経済的にも安定し、人口も膨れ上がり国内市場も発展すると消費力と生産力が爆発的に上昇し、恐らくは人口動態的な理由でバブル経済が巻き起こります。いわゆる元禄バブルと言われる、バブル景気です。(これは戦乱が完全に終わり、土地の開拓も進み、日本人も平和を思考する国民性に変わり始めたのが、消費や生産が増大しバブルが起こった原因と思われます)

この元禄バブルは巨大な規模だったらしく、人によれば「平成バブルの何倍の規模の信用の膨張がったと」言う人も居るようです。本当の処詳しい資料を持っているわけでは無いので断言できませんが、かなりの好景気だった事は確実なようです。

そしてこのバブル経済の受益者がオランダです。当時の対日貿易で得る事の出来た利益は、対清朝の貿易で得れる利益より巨大で、オランダがアジア貿易で得れる利益の多くを占め、ナンバーワンだったと言われています。当時の日本は対オランダに対して明らかに輸入過剰で、日本の国内の金が大量にオランダに支払われていたようです。

しかしそれも長くは続かず元禄バブルの崩壊により好景気も終了し、われわれ日本人の知る徳川吉宗の時代が到来し、日本全体が不景気に突入するのです。当然これに伴い、オランダ経由で輸入していた物資も国内で生産できるように努力し始め、政策により貿易規模の縮小し金の流出も終了したのです。

この元禄バブルの崩壊と政策の変更により、日本が基点になりオランダを通して欧州に注ぎ込まれていたアジア中のマネーの流れが逆回転を始め、オランダの経済覇権は終了を遂げたのです。

最もこのマネーの流れの急激な変化は、オランダだけでは無く、欧州全体はおろか世界の流れさえも激流の真っ只中に叩き落す行為であったと、ブログ主は推察しています。


★帝国主義に成らざるを得なかった欧州列強
大航海時代が始まったてからの世界からの富と物資の集積は、「南米やアフリカ」と「アジア」では違いました。

南米やアフリカでは、武器を売り、奴隷を売り買いし、原住民から土地をや物資を奪うと言う、ある意味してほしくない努力を行っていました。(南米やアフリカの人達から見たら堪ったものでは有りませんので・・・)

しかし、アジア貿易(特に極東と東南アジア)では、戦国時代を終わらせた日本がマンパワーを海外に排出し、東南アジアの勢力争いを制して、欧州で唯一の友好国となったオランダの利益を与えるかの様な行動取る事により、欧州に大量のマネーと安い物資が流れ込みました。投資費用も労働力も、日本が有る程度補填してくれたのです。

その結果、欧州は世界からの安い物資が溢れ、投資に回すマネーが捻出されバブル経済が、巻き起こってしまったのでは無いでしょうか?

チューリップバブルが起こり崩壊した時は、日本が鎖国政策に舵を切り東南アジア市場から引き始め、オランダに市場の大部分を譲り始めた時に起こっています。日本から市場を譲り受けたオランダには莫大な利益が転がり込む事になります。その後にチューリップバブル崩壊が起き一時的に不況に成るも、島原の乱で幕府に援助する事により対日貿易を独占し、莫大な利益を得る事が出来る様になったのです。だからこそチューリップバブル崩壊でこさえた不良債権を処理する事に成功したのだと思われます。

順風満帆に思えるオランダですが、その後欧州内での経済覇権の座から降りる事になります。

①チューリップバブルと毟り取られたオランダ
オランダが没落した原因が二つあり、一つ目が地理的な位置です。

オランダ、ネーデルランドの地理的な位置を見ると、当時と今ではそれほど変わってはおらず、東に大小群立のドイツ諸侯、北にイギリス、南にフランスが有ります。

ドイツ諸侯はともかく、イギリスとフランスは間違いなく欧州の大国で、軍事的に見た場合オランダでは太刀打ちできません。(実際の戦争を見る限りでは、オランダも奮戦しておりいい勝負をしているみたいでしたが・・・)

フランスとは国境を接しているため陸上からの圧力が有り、イギリスは海賊行為を行っていたため海上で物資を略奪されてしまいます。(もしスペインポルトガルの船を襲おうとした場合、両国に入港する港は南に有りますので南の海域で襲わなければ成りませんが、オランダの船を襲おうとした場合、英仏は自国の海岸線で待ち伏せすればよいだけです)

地政学的に陸軍と海軍を双方ともそろえなければ成らない国は、軍事負担が過剰に成り国が持たない事が知られていますが、オランダは正にその様な状況だったのです。

それだけでは無く、海外植民地を得た時も日本の軍事力に頼った取得になった為、オランダ自身が身銭を切って軍をそろえる事を行わなかったため、英国の海上略奪から自国の商船を保護する能力を養えませんでした。

特にオランダ本国に入港させる時に、イギリスの目の前を通らなければ成らないため、結局そこで奪われてしまいます。

そのため軍事負担や商船収奪による富の流出が起こり、大国であるフランスと英国に奪われてしまいます。最もそれでも対日貿易を独占しているオランダは、繁栄を謳歌しました。


②英仏の南海泡沫事件とミシシッピ計画のダブルバブル
イギリスとフランスは、欧州の二大勢力です。百年戦争が終わってからイギリスも確固たる勢力として、その存在を欧州に知らしめ、また「陸のフランス」と「海のイギリス」として住み分ける事になりました。

その二大勢力が大航海時代が始まって以降、経済的な台頭著しいオランダから毟り取る事によって経済的な繁栄を謳歌する事に成功しました。そしてオランダから毟り取った利益は、両国を通して新大陸を含む各地への投資や海洋貿易に投資されました。

その代表的な例が、「英国の南海泡沫事件」と「フランスのミシシッピ計画」でした。と言っても南海泡沫事件の方は、バブルと言うよりも資金繰りが付かなくなったためネズミ講で投資家を集め投資資金を騙し取った事件とも言えます。

両バブルの資金繰りが付かなくなった理由として、オランダからの資本の流入が途絶えたためと思われ、ソレこそが日本の行った行為が原因と思われます。

即ち「元禄バブル崩壊」とそれによる「貿易制限」と「金の流出の停止」です。これによりオランダの対アジア貿易で得られる利益が低下し、そのオランダから毟り取る事によって成立していた英仏の投機経済が終了したのでは無いでしょうか。

そして日本主導での資本の流れの激変により、欧州に流れ込む資本量が制限され、資金繰りが付かなくなった英仏のバブルが崩壊し、欧州を越えて新大陸にまで波及していた景気が腰折れしたのが、その後にに起こるフランス革命を始めとする欧州の騒乱の原因と考えられるのです。


なお元禄バブルの崩壊による貿易統制が1715年から始まり。その約5年後に南海泡沫事件とミシシッピ計画の破綻が起こり、欧州全土に不況が広まりフランス革命が起こるのです。

チューリップバブルの方も日本の鎖国政策の影響の最中に起こっていますので、やはりその時もマネーの流れが有ったと見るべきでしょう。


③バブル崩壊の不況とフランス革命から始まる大戦

1637年に起こったチューリップバブルの崩壊に関しては、その後も日本が好景気を演出しマネーを流してくれたので、資本の流れが停滞する事が有りませんでしたが、1720年頃に起こった南海泡沫事件とミシシッピ計画の破綻では、日本が元禄バブル崩壊の為の貿易政策転換を行った為、欧州全体でマネー循環が停滞しその後のフランス革命を始めとする動乱に結びつたと考えられます。

バブル崩壊の危険なところは、借金をしてまで投機を行うため、不良債権が出来た場合、負債だけが残り多くの人が負債を返す行動(消費せずに働きお金を返済する)に出る事です。働く人がそれを行うのは仕方ないと言えますが、働かせる側(資本家)がその行為を行うため、国家や地域全体で経済が縮小し、所得を稼げず消費できない民衆が疲弊してゆきます。

二大バブルが崩壊した欧州は正にその様な状況で、フランス革命や共産主義思想がそれらの影響で表に出てきたと言えるのでは無いでしょうか。

何はともあれ不良債権をこさえた国家は、それらの不良債権を返済する行動を取らなければ成らなくなります。

日本の元禄バブル崩壊による不良債権に関しては、時の征夷大将軍である徳川吉宗が、緊縮政策を布き、同時に民間でも産業の効率化が行われ、ついには不良債権の返済を終了させたのです。これは日本が平和な国家になって軍事力等に制限が掛かっていたためと、近くの国が大国であったり、侵略する価値の無い国であったりした事が原因と思われます。

逆に欧州の各国は、植民地にある程度の軍隊を贈ったり、欧州内で戦争をしたり、お金を稼ぐ時もオランダから毟り取ると言う軍事的な手段を行っていますので、バブル崩壊当時の保有している資本(軍事力)で、次の資本を生み出そうとした場合、他国への侵略や植民地からの収奪強化で対処する事になります。

フランス等は王侯の力が強いため、民衆に対して増税を行うなどの対応をして、ついには社会的な富の偏差からフランス革命が起こり、その影響が自国にまで広がる事を恐れた周辺国との間で、ナポレオン戦争が勃発してしまいます。

最も戦争が終わり国の格付けが確定した後は、欧州内での争いは避け、保有していた資本(軍事力)による世界進出を加速させました。

ソレこそが真に植民地主義から、帝国主義に変貌した時だったのかもしれません。

欧州バブル化の流れ


★世界の巻き込んだ帝国主義
植民地主義は、「世界の各地に自国民を贈り都市(コロニー)を作り、現地との貿易を行う事により富を得よう」と言う政策で、帝国主義とは「軍隊を送り現地を完全に支配し、現地に投資した資本さえも本国の為に使い、代わりに現地の統治もせ金を持って行う」と言う政策で、二大バブル崩壊を経験し不良債権を作った欧州各国は、より強力な収奪政策を行う事により自国の資本を充実させました。

更に欧州内で興った戦争により、相対的に安全なイギリスに富と知恵や技術の集積が起こり、海外で生産する物資とイギリス国民の需要が合わさった結果、産業革命が起こり、植民地政策を帝国主義政策に転換する後押しをしたと言えます。

これらは地政学的に自然環境が多様で小国が群立し、異なる価値観や知識や技術や文化が存在している欧州で、バブル崩壊とそれによる混乱を起こる事により、唯一安全な英国に多くの資本や人材が集まり、産業革命が起こる事による覇権国家化が促進されてと考えられるのです。

そしてそのマネーの暴走による帝国主義の波は、一滴の水滴が落ちた時に水面に波紋が広がるかの様に、欧州から全世界に波及し、ついには地球の裏側にである日本にまで到達する事になったのです。

それは日本の対外政策の影響を受けた欧州初の三大バブルの全てが崩壊した後の、約100年後の事でした。

バブル崩壊による資本と帝国主義波及の流れ


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以上で「欧州が帝国主義に変貌した時」を終了させてもらいます。

蓋を開けてみたら、欧州が帝国主義に変貌し世界に侵略し、暴虐の限りを尽くすように追い込んでいたのが、日本発のホットマネーの輸出が原因だったと言う考察となります。

異論は有るのは認めますが、この様な見地から日本の政策を見る人が余り居ませんでしたので、今回の記事を書かせてい頂きました。

なお今回の記事も、ブログ主の個人的な見解に成りますし、間違った情報を基準にし、間違った考察をしている可能性も有りますので、それを前提に閲覧してください。

気になる事がりましたら、閲覧者ご自身で調べてください。(当ブログのコメント欄は利用できませんので・・・)


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nh01ai33 at 08:00

2018年03月11日


本日は、英国とフランスの欧州における覇権抗争を地政学の視点から考察します。

英国とフランスと言えば、ヨーロッパ諸国の世界進出である大航海時代にスペイン、ポルトガル、オランダに続き世界各地域に進出し、植民地政策と帝国主義を前面に押し出した対外侵略政策を推し進め、世界帝国を築いた大国です。ここ近年ではその国力は衰えていますが、100年前には文字通り世界の国々の中でも主役でした。

今回は、その両国の大航海時代以降の地政学戦略を、歴史を紐解いて簡単に説明しようと思います。


★英仏の成り立ちとヨーロッパ

フランスは古来にガリアと呼ばれており、ユリウスカエサルのガリア戦記でも知られている地域で、ローマ帝国崩壊後にこの地と現ドイツ地方などを制したカール大帝がフランク王国を興し、フランク人の国として成立させた。

英国も元はブリテン島南部がローマ帝国の領土であったが、帝国崩壊後は混乱の極みにあり戦乱の時代(七王国時代)に突入した。西暦1000年頃に、デンマーク王の統治に入りもしたが、最終的にフランスのノルマンディー公が英国の中心地帯であるイングランド地方を征し、正式にイングランド王に即位した。ただし四代で潰えたため新たにフランスから国王が迎え入れられた。

その後フランスの王位継承権を掛けて、イングランド王とフランス王との間で、百年戦争が起こり、イングランドは大陸に保有していた領土を喪失し、正式に島国になった。

以後、英国とフランスは島と大陸ですみ分ける事と成った。

また大航海時代に突入して以来、欧州内部での抗争をソコソコにして、共に海外進出を推し進める事となりました。


★英国とフランスの欧州覇権戦争

欧州各国が大航海時代の海外進出により、世界各国から富や労働力を欧州に持ち込んだ結果、ヨーロッパ諸国は豊かになりました。その富が一般市民に届くまでに時間は掛かりましたが・・・

その結果として中規模国家の国力の上昇や富の偏差が起こり戦争などに繋がりました。その中で国力を伸ばし、欧州の覇権を争ったのが英国とフランスです。

イギリスは欧州から孤立した島国。

フランスは、陸軍国にして欧州一の人口大国。

この覇権争奪戦を制したのは、英国でした。その戦略は独特で、欧州の地形と自然環境の影響を受け成立した国家群と、自国が孤立した島国であると言う特性を逆用するオフショアバランシング(沖合からの遠交近攻)戦略と言われるモノです。


①英国のオフショア・バランシング
「バランシング戦略」と言う戦略は、巨大な勢力が出現した時に、その勢力がそれ以上巨大に成らない様に周辺各国が連携して、対応しつつどこか突出した大国が出現しない様にする戦略となります。そして「オフショア・バランシング」とは、島国が沖合から大陸諸国に行うバランシング戦略の事です。

基本的に国家は、軍事力を整備していざ戦争が起こった時に戦える様にしていますが、戦争は生産に結びつかない行為なので、軍事や戦争行為ばかりに力を注ぎ込むと、民間の生産が停滞し国家が疲弊してしまいます。


地図:英国のバランシング戦略
1英国のバランシング戦略


しかし、これは陸軍国家の話で、国境を持たない島国は、人員を取られる陸軍の整備にリソースを取られる事無くこのバランシング戦略を行うことが出来るため、大陸にある陸軍国家の様に絶えず国境線に兵士を張り付け国力を疲弊させるリスクから解き放たれます。

ただし海軍は海軍で、一人当たりの海軍兵を育てるのに陸軍人以上のコストが掛かり、海軍も整備するのに大量の資本が必要となるので、必ずしもリスクが無いわけでは有りません。・・・が、陸軍国家の被る負担よりはマシでしょう。

そして英国は、ヨーロッパ各国が血を流して争っている最中に、必要最低限の支援だけのバランシング政策を行い、自国が捻出した資本を海外の植民地に投資して、海外での生産能力を拡大させ続けました。大量の紙幣を発行しても、海外でそれ以上の安い物資を生産できる様になれば、実質上の国力の増大となります。

英国はこれら資本と製品の還流構造を作り上げる事により、モンゴル帝国さえも超える人類史上最大の国土を支配する帝国となったのです。


地図:英国の投資と貿易
2イギリスの投資と貿易


関連リンク:
≪政府の負債と対外債務 -1- -2-


②フランスのバランシング

この英国の覇権確立にフランスはどの様に立ち向かったのでしょうか?

簡単です。

フランスもバランシング政策を行ったのです。

しかし英国は島国で、ドーバー海峡を越えてグレートブリテン島に陸軍を送り込む事は不可能では有りませんが、不可能に近い行為と言えます。

ではフランスどの様にバランシング政策を行ったのかと言うと、それは英国の海外領土に対して紛争を仕掛け、同時に英国の敵国にも援助して"けしかける"と言うモノです。

これはアフリカの切り取り競争やインドシナでの勢力争いを始めとして、米国の独立戦争の援助や、ロシアの近代化の援助による英領インドや極東への進出を加速させる、全世界グローバル規模でのバランシング戦略です。

この植民地を含めた海外領土の防衛負担増による圧迫により、英国のオフショアバランシングに対抗したのです。フランスのこの政策により、英国は植民地軍を拡充せざるを得ず、同時に後の超大国であるアメリカ合衆国とロシア帝国が国力を増大させる事にも繋がりました。

この政策を行い続けたフランスは、コバンザメ外交でイギリスの後を引っ付いて外交を行う二等国の様に見られる事が有りますが、それは間違いでこの時点でも世界で二位か三位の工業力の有る大国です。最も他国にばら撒きすぎたせいで色々な国が発展し、回り回ってフランスの国益に反する状況に成る事も有ったので、必ずしも成功したかと言うと「???」と言いたいところでしょう。


地図:フランスのバランシング戦略
3フランスのバランシング戦略


★でもやっぱり英国有利

フランスは身を切るグローバルなバランシング戦略を行いましたが、それでも英国の有利は覆りませんでした。これはフランスがどれだけ海外に援助し英国の負担を増やす政策を行っても、当のフランスが英国以上に負担が掛かっていたのが原因と思われます。

少なくとも最大の経済を要する英国本国の防衛に関しては、陸軍を増大させる必要は無いのですから当然かと思われます。

しかし、この英仏の覇権抗争による同盟候補国の援助等が、欧州の争いを世界中に波及させて、多くの国々に産業革命のタネを撒き、現在の世界を作り上げたと言えるでしょう。そして最終的に、第二次世界大戦後の植民地の独立により両国ともに、覇権国及び争奪国としては、表舞台から引き下がる事になったのです。


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以上が英仏の覇権抗争を歴史と地政学の観点から見た記事となります。フランスのロシアに対する援助等は、ロシアがフランスをも超える覇権挑戦国になる原因ともなっおり、第二次世界大戦後の冷戦期にフランスを含む欧州各国に対して圧迫の原因ともなっているので、フランス人としては微妙な処では無いでしょうか。

以上を持って今回の記事を終了させてもらいます。




上記で上げた以外の関連リンクとして


を挙げておきます。


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nh01ai33 at 08:00

2017年11月21日

覇権国家の誕生シリーズの三回目、「覇権超大国と産業革命を地理的環境で考察する」でお送りします。

三回目を語る前に、「一回目」「二回目」の簡単な要約をします。


一回目で語った事は、覇権国家に成るには大恐慌の時に、予めデフレで負担を被り、国民が消費するに値しないサービスや製品を市場に提供する非生産的な企業を淘汰して、次世代産業の選別を国民の自由意思によって行える国家が昇格できることとなる。

またこの条件でイノベーションを成立させるためには、多様な産業と多くの企業が群立している状況と、低迷してもなお安定した市場、莫大な資本、新時代の産業を興す企業家や高度人材を受け入れれる国民性などが必要である。



二回目で説明した通り、歴史的に産業革命を起こした国は、英国、米国、が存在している。これらの国々は「島国」または「疑似的な島国」で、陸上国境を防衛するコストから解き放たれる事ができ、強力な工業力によって捻出したマネーの力を海外投資しながら、自国の潜在的な敵性国家の国力をそぎ落とす政策を行う。



そしてコレに加えて三回目である今日は、恐慌による不況が長期化した場合に、その時の産業構造下で起こる多くの社会的問題や不備がクローズアップされて、改革を行おうと言う機運や投資も高まる状態になる。と言う状況が作られると言う事も挙げさせてていただく。

当然です、不況に成れば成程好景気の時には感じる事の出来なかった、チョットした不安にも不満を感じる様に成りますので……

そしてオフショア・バランシング政策によって破綻させられた国家から、高度な技術をもつ知識人や新たな発想で商売をする企業家が次期覇権国に移民して、長期不況で生き残った「消費するに値するサービスや技術提供できる国内企業」と共に、価値や技術の組み合わせによるイノーベーションを起こして、それらの問題を解決する社会システムと産業を構築する。

次期覇権国はデフレによる不況で社会不安が蔓延するが、戦争に追いやる他国に比べると相対的に経済的にも安定しているため、投資する為の需要(国民の持つ不満)などを浮き上がらせる余裕があるため可能な大戦略と言える。

そして産業革命とはその結果として起こりうる現象であると考えることが出来る。


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★何故、西欧で産業革命が起こったのか?

なぜなのだろう?

同じような不況による企業や集団の淘汰は、何も産業革命が起こった西欧だけでは無いはずなのに、なぜヨーロッパだけで産業革命が起こったのか?

それは欧州の地理的条件や自然環境が問題だと思われる。

そのため欧州を中国、インド、東南アジア、中東、ロシアをはじめとするユーラシア大陸内の他の文明地域と比較して考察しようと思う。

よって最初に述べた事から「地理的」「環境的」な産業革命の条件を抽出して比較しようと思う。


その地域の地理的環境で起こりうる国家と産業の多様性と統一性(単一に近いか)は以下の通り。なお国家の多様性と統一性は、一つの地域に多様な国家が並列して存在できている状況が起こりえる地域化どうかの違い。産業の多様性と統一性は、その地域で起こりえる産業が多様な産業が存在するか、単一産業に近いかの違い。

多様性の高い産業を持ち工業が発達した地域ほど産業革命が起こりやすいと言うのを念頭に置いた上で読んでいってほしい。


①欧州
・国家は多様性:
 欧州は中小国家が乱立しやすい土地柄だ。古地中海地域の温暖な南欧。肌寒い北欧。大西洋に面した異大陸と貿易しやすい西欧。大陸の草原地帯に面接している東欧。そしてこれらの小地域が、更にある程度の巨大山脈に隔てられ交通が不便であるために独特の文化を築いている。

・産業は多様性:
 多様な地域と気候風土のために、多様な産業が成立している。また農業に適した土地が有るものの冬が有る程度厳しいため、真冬の農業が制限されて工業を発展させなければ成らない土地でもある。


②中華
・国家は統一性(分裂時代もあり):
 中華文明は黄河長江の二大大河の間にある中原と言う穀倉地帯を握った勢力が、その地の生産能力と大河水運の物流を制する事になり、黄河長江の流域面積の大部分を支配する国家が成立する事になる。歴史的には小国の群立時代が有るにはあるが、基本的には統一国家ができやすい。

またシベリア寒気団や揚子江気団の影響で、長期にわたり乾燥した気団が大陸に居座る状態が続くと飢饉が起こるため、豊作時に増えた人口を飢餓時に統御しなければ成らないため独裁政権になりやすい。

・産業は多様性:
 欧州と同じく夏季は農業、冬季は工業が成立するが、統一国家の基で産業の育成が行われると、巨大企業の独占か寡占市場となりやすい。産業の多様性は有るのだが、独占企業が育ちやすい土地柄であるため、競争原理が働かない可能性がある。


③インド
・国家は多様性or統一性(両方あり):
 ヒマラヤ山脈から流れ出るガンジス川とインダス川の水源を利用した水運を利用した物流で、統一国家ができやすいように思われるが、欧州や中華に比べると飢饉が起き難く安定した自然環境の為に、無理に争って統一した国家を作る必要性が無いため、中小国家の適度にグダグダした情勢が長々と定着する様な時代もあった。二大河川を統一した統一王朝の時代もあった。

・産業は統一性:
 インド洋に面した温暖な地域で南から来るサイクロンのとヒマラヤ山脈の影響で、多くの水資源に恵まれているため農業が主軸の産業となりやすく、農業だけで生きて行けるため工業が発展しにくい。


④ムスリムベルト
・国家は統一性:
 もともと農業生産には向かない土地が多く、交易産業が基盤となる地域であるため、土地の征服管理よりも、交易を推進し行路の保護者となる勢力が統一国家を興した方が地域住民の利益になりやすい。また行路の管理のほうにリソースを投入し無理な土地管理を行う必要が無いため短期間で巨大国家が出現しやすい地域。

・産業は多様性:
 他文明の間にある行路として機能する土地であるため、農業よりも商業や交易が発展しやすい地域。また工業も発展する可能性のある土地である。多くの民族が周辺の地域から流入してくるため独占企業のみが幅を利かせると言う状況には成り難いと思われる。


⑤東南アジア
・国家は多様性:
 インドシナの半島地域とインドネシアの諸島地域があり、インド文明と中華文明の荷台文明地域から人が訪れるので、他民族が交じり合った地域になりやすく、半島部分と諸島部分が離れている為、いくつもの国家が並列して存在する状況に成りやすい。

・産業は統一性:
 海に面しており二大文明地域と接しているため貿易が発達しやすく、温暖な地域でもあるため農業も発達しやすい。但し一年通して気候が安定して農業が有んてし過ぎているため工業が発達しにくい。


⑥ロシア(シベリア)・中央アジア
・国家は統一性or多様性:
 一日と一年の寒暖差が有りすぎて農業が根付き難く交易で発展しなければ成らない地域。温暖な時代なら少数民族の群立状態でも良い。しかし寒冷化などの非常時の場合は、唯一の産業と言っても良い交易を守るための保護者を求めるため、強力な指導者による統一国家ができやすい地域。

・産業は統一性:
 一日と一年の寒暖の差が余りにも激しすぎるため農業が産業として根付きにくかった。但し、近年は農業技術の発展で農業も産業として成立するようになった。肌寒く草原や荒野が多かったため昔は陸上交易を主体とした商業が発展していた。


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上記を見てみると、産業革命を起こすためには多様な産業と多様な技術の組み合わせによるイノベーションが必要なのだが、同時に工業力も必要になり、この事を考慮した場合、産業革命の起こりやすい地域は「欧州」「中東、ムスリムベルト」「中華文明」等の環境的に農業以外の工業産業にリソースを投入しなければ成らない地域となる。

この中で中華文明は、独裁政治になりやすく単一勢力の支配下での投資になりやすいため、民間でのイノベーションが起こりにくいと言う弊害が有る。すでに確立され結果の分かる技術を普及させるには良い体制なのだが……

中東ムスリムベルトは古来から先進地帯だが、全体的に似たような自然環境が広がっているため、欧州に比べた場合は多様な文化による産業は起こり難いと思われる。

更に中華と中東で戦争が起こった場合は、その地域全体が戦域と成る可能性があり人や産業が逃げ込んで安心してイノベーションを起こせる地域(英国の様な安全な島国)に恵まれないため、産業革命が起こりえなかったと考える事が出来ます。



この様に考えると、多様な文化、多様な国家、多様な産業、多様な価値観を持つ人々等のそろい、多くの戦争を経験する事によってイノベーションや投資による産業革命の起こる可能性のある地域は「欧州」ぐらいなのである。

そして、それらの国々に安全地帯からオフショア・バランシング戦略を取る事によって、他国を争わせ負債を増やさせて、自国の利益を最大化し、知識や技術を大陸から吸い上げる事の出来る「英国」が産業革命を起こしたのは、ある程度は納得できる事であると言える。

これらのイノベーションは、英国が海外に投資したマネーを物資(代表的なのは綿花)による還流に対応する形で発展した。大陸から渡ってきた時計(歯車)職人、学者による石炭の活用、海外から流れ込んでくる物資、奴隷による新大陸での労働生産、などの産業、技術、労働力、思想などの組み合わせによって蒸気機関による大量生産と大量輸送の産業構造が作られたと言える。



なお米国が第二次産業革命を起こしたのは、産業革命を起こした欧州からの移民である知識人や技術者を、世界大戦に乗じて多くを受け入れることが出来て尚且つ安全地帯であった為である、と考えれば辻褄は会います。

そして合衆国も南北戦争時代に、北部の工業地帯を要する合衆国側が、農業主体である連合国に勝利したため、工業国家として脱皮する事が出来ており産業革命を終えていた戦乱の欧州から逃れてきた移民を受け入れやすかった事も提示させていただきたい。(北部の合衆国の方が寒く農業に適さない土地であったため、逆に工業の方が発展する環境が整っていたと考えられます)


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以上を持って全三回でお送りした覇権国家の誕生に関するシリーズを終了させてもらいます。どうでしたでしょうか?

一応、今回の記事以外にも、ネタ的に重なる記事が有りますのでリンクを張っておきます。


では、本日はココまでとなります。


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